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老人と海
ろうじんとうみ |
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作品ID | 57347 |
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原題 | The Old Man and the Sea |
著者 | ヘミングウェイ アーネスト・ミラー Ⓦ |
翻訳者 | 石波 杏 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | 石波杏 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2015-10-03 / 2015-09-29 |
長さの目安 | 約 121 ページ(500字/頁で計算) |
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彼は老いていた。小さな船でメキシコ湾流に漕ぎ出し、独りで漁をしていた。一匹も釣れない日が、既に八四日も続いていた。最初の四〇日は少年と一緒だった。しかし、獲物の無いままに四〇日が過ぎると、少年に両親が告げた。あの老人はもう完全に「サラオ」なんだよ、と。サラオとは、すっかり運に見放されたということだ。少年は両親の言いつけ通りに別のボートに乗り換え、一週間で三匹も立派な魚を釣り上げた。老人が毎日空っぽの船で帰ってくるのを見るたびに、少年の心は痛んだ。彼はいつも老人を迎えに行って、巻いたロープ、手鉤、銛、帆を巻きつけたマストなどを運ぶ手伝いをするのだった。粉袋で継ぎあてされた帆は、巻き上げられて、永遠の敗北を示す旗印のように見えた。
老人は細くやつれ、首筋には深い皺が刻まれていた。頬には、熱帯の海に反射した日光によって、まるで皮膚癌のような褐色のしみができていた。しみは顔の両側に首近くまで連なっている。両手には、大きな魚の食らいついたロープを制する時にできた、深い傷痕がいくつもあった。しかし傷痕は新しいものではない。魚などいない砂漠、風に侵食された砂漠のように、古い傷痕だった。
彼に関しては何もかもが古かった。ただ、その両眼を除いては。彼の眼は、海と同じ色に輝き、喜びと不屈の光をたたえていた。
「サンチャゴ」少年は、船を着けた岸の斜面をのぼりながら老人に呼びかけた。「また一緒に行きたいな。お金も多少貯まったし」
老人は少年に漁を教えてきた。少年は彼を慕っていた。
「だめだ」老人は言った。「お前の船はついてる。仲間を変えないほうがいい」
「でも僕らは前に、八七日も不漁だった後で、三週間毎日大物を釣ったことがあったじゃないか」
「あったな」老人は言った。「分かってるさ。お前が船を変えたのは、俺の腕を疑ったからじゃない」
「親父だよ、船を変えさせたのは。僕は子供だから、従うしかないんだ」
「分かってる」老人は言った。「当然のことだ」
「親父には、信じるってことができないんだよ」
「そうだな」老人は言った。「でも俺たちにはできる。そうだろ?」
「うん」少年は言った。「テラスでビールをおごらせてよ。道具はその後で運ぼう」
「いいとも」老人は応じた。「漁師仲間として、頂こう」
二人はテラスの店内で腰をおろした。多くの漁師が老人をからかったが、彼は怒らなかった。年配の漁師たちの中には、彼を見て悲しむ者もいた。しかし彼らはそれを表には出さず、潮の流れとか、釣り場の水深とか、良い天気が続いているとか、今日は何を見たとか、そういうことを穏やかに話すのだった。
その日収穫のあった漁師たちはとっくに戻っていて、カジキの処理も済ませていた。彼らは、二枚の板いっぱいにカジキの身を並べ、二人で板の両端を持ってよろめきながら倉庫へと運んだ。カジキをハバナの市場に運ぶ冷蔵トラックが来る…