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雪割草の花
ゆきわりそうのはな |
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作品ID | 57357 |
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著者 | 石川 欣一 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本山岳名著全集8」 あかね書房 1962(昭和37)年11月25日 |
初出 | 「家事と衛生」家事衛生研究会、1927(昭和2)年4月 |
入力者 | 富田晶子 |
校正者 | 岡村和彦 |
公開 / 更新 | 2016-08-04 / 2016-06-10 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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もう一月ばかり前から、私の庭の、日当りのいい一隅で、雪割草がかれんな花を咲かせている。白いのも、赤いのも、みんな元気よく、あたたかい日の光を受けると頭をもたげ、雪なんぞ降るといかにもしょげたように、縮みあがる。この間、よつんばいになってかいでみたら、かすかな芳香を感じた。蝶もあぶもいないのに、こんな花を咲かせて、どうするつもりなのか、見当もつかぬが、あるいは神の摂理とかいうものが作用して、これでも完全に実を結ぶのかもしれぬ。
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この花、本名は雪割草でないらしい。別所さんの「心のふるさと」には、
植木屋さんが雪割草というのは、スハマソウのことである。福寿草とともに、お正月の花のようにいわれるけれど、自然のままでは、東京の三月に咲く。
と書いてある。
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去年の十一月、私はわずかな暇をぬすんで、信州へ遊びに行った。まったく黄色くなった落葉松の林、ヨブスマの赤い実、山で焼いた小鳥の味、澄んだ空気、それから、すっかり雪をいただいた鹿島槍の連峰……大阪に帰って来てからも、しばらくは仕事に手がつかなかった。万事万端、灰色で、きたなくて、わずらわしかった。これは山の好きな人なら、だれでも経験する気持ちであろう。
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このような気持ちでいたある日、五時半ごろに勤めさきの会社を出ると、空はすっかり曇って、なんともいえぬ暗い、陰湿な風が吹いている。ますます変な気持ちになってしまった。そこで、偶然いっしょになった同僚のN君と、一軒の居酒屋へ入り、ここで酒を飲んだ。で、いささか元気がついて、梅田の方へ歩いて行くと、植木屋の店頭で見つけたのが「加賀の白山雪割草、定価十銭」
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十銭といったところで、単位が書いてないから、一株十銭なのか、一たば十銭なのか、わからない。とにかく五十銭出すと、小僧さんが大分たくさんわけてくれた。新聞紙で根をつつみ、大切にして持って帰った。
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あくる日は、うららかに晴れて風もなく、悠々と草や木を植えるには持ってこいであった。私は新聞紙をとき、更に根を結んであった麦わらを取り去って、数十本の雪割草を地面にならべた。見るとつぼみに著しい大小がある。今にも咲きそうなのが五、六本ある。
そこで私は、この、今にも咲きそうなのを鉢に植えて、部屋の中で育てようと思った。そうしたら、年内に咲くかもしれぬ。私の家は東南に面して建っているので、日さえ当たっていれば、温室のように暖かい部屋が二つあるのである。
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私は去年朝顔が植えてあった鉢を持ち出して、まずていねいに外側を洗った。次にこの鉢を持って裏の畑へ行き、最も豊饒らしい土を一鉢分失敬した。だが、いくら豊饒でも、畑の土には石や枯れ葉がまざっている。それをいちいち取りのけて、さて植え…