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ガラマサどん
ガラマサどん
作品ID57367
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集5 ガラマサどん 使う人使われる人 ぐうたら道中記 豊分居雑筆 世間と人間」 講談社
1975(昭和50)年2月20日
初出「キング」1930(昭和5)年1月~12月
入力者橋本泰平
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-05-04 / 2021-04-27
長さの目安約 208 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

失業の名人

 長男が小学校へ入学して、初めての成績が全甲だった時、妻は、
「矢っ張りこの子は頭が好いわ」
 と得意になった。
「おれに似たんだ」
 と私は主張した。
「オホヽ」
「何だい?」
「然うでございましょうよ」
「無論さ」
「あなただって決して足らない方じゃありませんから」
 と妻は日頃持っている見積りの一端を洩らした。
「当り前よ。見括るな」
「だから、好いって申上げているじゃありませんか?」
「何処へ出たって押しも押されもしない」
「しかし……」
「何だい?」
「勤め運が悪いんですわ」
「然うさ。頭は好いんだけれど」
「あなた、大丈夫?」
「安心していろ。首になったって、饑じい思いはさせない」
 と私は消極的の保証しか与えられない。
「…………」
「心配かい?」
「えゝ」
「何故?」
「あなたは落ちついた頃が一番危いんですから」
「取越苦労をしたって仕方がない。今の会社にばかり日が照りはしまいし」
「そんなことを仰有るところを見ると、又ソロ/\怪しいんじゃございませんの?」
「大丈夫だよ。万一いけないにしても、直ぐに後を探す」
「あなたは後を探すことにかけると名人ね」
「失業しても一月と遊んだことはない」
「そこ丈けは本当に豪いわ」
 と妻も認めてくれた。但し、探す方が名人なら、失う方も名人ということになる。失わなければ探す必要がない。
 実際、私は勤め運の好くない男である。学校を出て直ぐに入った会社は特別に優遇してくれたが、三年目に潰れてしまった。事情が事情だから、涙金を貰うどころか、俸給を一月分倒された。最初その会社へ私を推薦してくれた先輩の三好さんは、
「それは君の責任じゃない。不可抗力だ」
 と同情して、その月の中に一流新聞社の口を探してくれた。私はホッと息をついた。結婚したばかりだったから、長く遊んでいると妻の信用がなくなる。その当座の心持を忘れずに辛抱すれば宜かったのだが、上役に一人意地の悪い辣腕家がいて、その機嫌が取り兼ねた。此奴に泣かされたのは私ばかりでない。同難の向きが大勢あった。一年たって席稍[#挿絵]暖まると共に、私は多少義侠心が手伝って、美事正面衝突をやってしまった。面を見るのも厭だったから、三四日病気欠勤していたら、
「依りて御懸念なく明日より御出社に及ばず候。云々」
 という鄭重な辞令に接した。しまったと思ったが、もう追っ着かない。親しい同僚は皆同情して、その代表者が見舞いに来てくれた。
「兎に角、僕等は僕等で微衷を表したいんだが、何んなものだろう?」
 という相談だった。
「宜しく頼む」
 と私は無論未練があった。
「それじゃ明日の晩六時に倶楽部へ来てくれ給え」
「よし。皆集まるのかい?」
「うむ。送別会だ」
「何だい? 馬鹿々々しい」
「実は僕等も見殺しには出来ないと言って、夫れ/″\運動したんだが、手後れだった…

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