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ぐうたら道中記
ぐうたらどうちゅうき
作品ID57368
著者佐々木 邦
文字遣い新字新仮名
底本 「佐々木邦全集5 ガラマサどん 使う人使われる人 ぐうたら道中記 豊分居雑筆 世間と人間」 講談社
1975(昭和50)年2月20日
初出「主婦之友」主婦之友社、1922(大正11)年1月~12月
入力者橋本泰平
校正者芝裕久
公開 / 更新2021-09-22 / 2021-08-28
長さの目安約 337 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一回

 何にする積りかこの間学校で担任の先生が皆のお父さんの職業を取調べた。級長から席順に官吏大蔵省技師とか、実業白木屋店員とかと答えて、僕の番が近づいた時、僕は尠からず当惑した、僕のお父さんは商売なしだ。今に何かやるよと言うのは口先ばかりで、僕を長男に五人の子供の親になってまだ一定の職業がない。四十にして惑わずというからイヨ/\最早惑わずに無職業と度胸を据えたのらしい。何にもしないで生きているのを徒食というと先日読書の時間に習ったが、まさか徒食業と答える次第にも行かず困っていると、僕の前の奴がすっくと立ち上って、
「無職!」
 と元気好く答えた。おや。仲間があったか、と思ったら、僕は急に心丈夫になった。しかし先生は、
「無職! 実はその無職というのに困るのですが、全然無職という人は滅多にありません。何かしていらっしゃるでしょう?」
 と森下君を追究した。
「何にもしていません」
「それなら金持で唯遊んでいらっしゃるのですか?」
「否、金持じゃありません」
 と森下君は否定した。
「それでは生活は何うしてなさるのですか?」
 と先生が立ち入った。世智辛い時勢だ。中学一年生が生活問題の解答をしなければならない。
「家賃が入ります」
「それなら家主じゃありませんか。家作は沢山ありますか?」
「沢山あるようです」
「そうして御自分の地面でしょう?」
「そうです。地代も入ります」
 というような問答のあった末、森下君のお父さんは地主という判決を受けた。そうして次は僕の番だった。
「無職です」
 と答えて、僕はこれは矢張り簡単には済むまいと思ったから、立った儘でいた。果して先生は浮浪無頼では納得せず、家作や地所の有無を確めてから、お宅へ物を頼みに出入する人はありませんか等と言って、高利貸の嫌疑まで掛けた後、
「全然の無職には困りましたな。それならばお父さんは主に何をなすって一日をお送りですか?」
 と訊いた。
「大抵本を読んでいます」
 と僕は有りの儘を答えた。
「何ういう御本ですか?」
「さあ、文学の本が主です」
「それなら文学者ということにして置きましょう。全然無職では困る」
 と先生は奥さんまで職業婦人の所為か無職を良民と思っていない。
 調査はなお次から次へと進んだ。結局四十何名かの父兄の中で純粋に徒食を業としているものは僕のお父さんだけだった。皆何か彼かして、稼いでいる。僕の一席置いて隣りには海軍中将がいた。それから五六人飛んで三井銀行の支店長というのがあった。職業に貴賤なしと態[#挿絵]修身で教えるのは事実に於て動かし難い高下の差別が因襲的に附き纒っているからだ。近道があればこそ、「通り抜け無用」と書いて置く。今四十何名かの生徒が父兄の職業を申立てた場合でも得意らしいものと失意らしいものがあった。殊に腰弁や会社員の如き一種の雇人で無産無識階級に属するも…

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