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地下生活者の手記
ちかせいかつしゃのしゅき
作品ID57393
原題ЗАПИСКИ ИЗ ПОДПОЛЬЯ
著者ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ
翻訳者米川 正夫
文字遣い新字新仮名
底本 「ドストエーフスキイ全集 5」 河出書房新社
1970(昭和45)年1月20日
入力者阿部哲也
校正者荒木恵一
公開 / 更新2018-11-11 / 2021-05-18
長さの目安約 279 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一 地下の世界




 この手記の筆者も『手記』そのものもむろん、架空のものである。が、それにもかかわらず、かかる手記の作者のごとき人物は、わが社会全般を形成している諸条件を考慮にとり入れてみると、この社会に存し得るのみならず、むしろ存在するのが当然なくらいである。わたしはきわめて近き過去の時代に属する性格の一つを、普通よりも明瞭に、公衆の面前へ引きだしてみたかったのである。それはいまだに余喘を保っている世代の一代表者なのである。『地下の世界』と題するこの断章において、この人物は自分自身とその見解とを自己紹介し、あわせてかかる人物がわれわれの周囲に現われた理由、いな、現われなければならなかった理由を、闡明せんと欲しているかのごとくである。次の断章においては、この人物が自己の生活中のある事件を叙述した本当の『手記』が始まるのである。
フョードル・ドストエーフスキイ



 わたしは病的な人間だ……わたしは意地悪な人間だ。わたしは人好きのしない人間だ。これはどうも肝臓が悪いせいらしい。もっとも、わたしは自分の病気のことなど、これっからさきもわかっていないし、それに自分の体のどこが悪いのか、それさえ確かなことはわからないのだ。わたしは医術や医者を尊敬してはいるけれど、医療というものを受けていない。またこれまでもかつて受けたことがない。その上おまけに、わたしは極端に迷信家なのである。まあ、いわば、医術など尊敬する程度のかつぎ屋なのである(わたしは迷信家にならないですむくらいには、十分教育を受けているのだけれど、それでもかつぎ屋なのである)。なに、意地でも、医者の治療なんか受けたくない。これなぞは、確かに諸君の理解を絶したことに相違ない。ところが、わたしにはそれがわかっているのだ。この場合、わたしがこんな意地をはって、いったいだれに面当てしようというのか、その辺はわたしもむろんうまく説明ができない。わたしが医者の治療を受けないからといって、それでやつらを「困らせる」わけにはゆかないのは、自分でもよく承知している。そんなことをして損をするのは自分一人だけで、ほかのだれでもないということは、百も承知なのである。が、それにしても、わたしが治療を受けないのは、やはり意地っ張りのためなのだ。肝臓が悪いのなら、もっともっと、うんと悪くなるがいい!
 わたしはもう前からこんな生活をしている、――かれこれ二十年にもなろう。いまわたしは四十だ。以前は勤めていたが、いまは浪々の身の上だ、わたしは意地の悪い役人だった。人に乱暴に当たって、それをもって快としていた。なにしろ、わたしは賄賂を取らなかったのだから、せめてそれくらいの報酬は受けてしかるべきだったのである(これは悪い洒落だが、わたしはこれを消さないことにする。これを書く時には、なかなか辛辣にゆきそうな気がしたものだが、今になっ…

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