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細雪
ささめゆき
作品ID57394
副題03 下巻
03 げかん
著者谷崎 潤一郎
文字遣い新字新仮名
底本 「細雪(下)」 新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年10月30日
初出「婦人公論 第三十一巻第三号~第三十四巻第十号」1947(昭和22)年3月1日~1948(昭和23)年10月1日
入力者砂場清隆
校正者いとうおちゃ
公開 / 更新2021-07-24 / 2021-06-28
長さの目安約 461 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



雪子は二月の紀元節の日に関西へ来てから、三、四、五と、今度は殆ど四箇月も滞留するようなことになって、当人もいつ帰ろうと云う気もなくなったらしく、何となく蘆屋に根が生えてしまった形であったが、六月に入ると間もなく、珍しいことに東京の姉から縁談を一つ知らせて来た。「珍しい」と云うのは、それが実に一昨年の三月、陣場夫人があの野村と云う人の話を持って来て以来のもの、―――二年三箇月目の縁談であると云う意味でもあるが、又、ここ数年来、雪子の縁談と云えばいつも幸子が聞き込んで東京の方へ知らせてやるのが恒例のようになっており、本家の夫婦は義兄が一度手を焼いてからついぞ積極的に心配しようとはしなかったのに、今度は義兄が先ず動いて姉に話し、姉から幸子へ知らせて来たと云う訳で、その意味に於いても珍しいのであった。尤も、幸子宛に来た姉の手紙を読むと、少し頼りないようなところもあって、飛び着く程の縁談とも云えないのであるが、ありようは、義兄の長姉が縁付いている大垣在の豪農に菅野と云う家があり、その菅野家が昔から懇意にしている、名古屋の素封家に沢崎と云うのがある、この沢崎家は先代が多額納税議員をしていたくらいな、聞えた家柄なのだそうであるが、今度菅野の姉の斡旋で、その家の当主が雪子との見合いを望んでいるのであると云う。そう云えば、菅野の姉と云う人は、辰雄の兄や姉達の中では一番幸子たち姉妹をよく知っている関係にあった。幸子はたしか二十歳の時、辰雄や、鶴子や、雪子や、妙子たちと一緒に長良川の鵜飼へ行った帰りに菅野家へ寄って一泊したことがあり、それから両三年後にも一度、矢張同じ顔触れで、茸狩に招かれたことがあった。彼女は大垣の町から自動車で二三十分も田舎道を行ったこと、ほんとうに淋しい村落の、県道らしい往還の道端から折れて奥深い生垣の径を行った突きあたりに門構えのその家があったこと、近所にはほんの五六軒の佗びしい百姓家があるだけであったが、関ヶ原の役以来と云う菅野の家は宏荘な一郭を成していて、持仏堂の堂宇が、中庭を隔てて母屋と棟を並べていたこと、苔蒸した泉石の彼方に裏庭の菜園がつづいており、秋に行った時にはそこの栗の樹に栗が沢山実っていたのを、小女たちが枝に登って落してくれたこと、御馳走と云っては手料理の野菜が主であったけれども、それが大変おいしく、味噌汁の身に入れてあった小芋と、煮付けの蓮根が殊に美味であったこと、などを覚えているのであるが、義兄の姉に当るその家の女主人が、今では未亡人になっていて、気軽[#「気軽」は、『谷崎潤一郎全集 第二十巻』(中央公論新社2015年7月10日初版発行)では「気楽」、『谷崎潤一郎全集 第十五卷』(中央公論社1968年1月25日発行)では「氣樂」]な身分でもあるせいか、幸子の次の妹の雪子が未だに結婚もせずにいる噂を耳にし、何とか良い縁を見付けて上げ…

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