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黒蜥蜴
くろとかげ |
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作品ID | 57405 |
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著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「黒蜥蜴」 江戸川乱歩推理文庫、講談社 1987(昭和62)年9月25日 |
初出 | 「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号 |
入力者 | sogo |
校正者 | 大久保ゆう |
公開 / 更新 | 2016-10-21 / 2016-09-21 |
長さの目安 | 約 219 ページ(500字/頁で計算) |
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暗黒街の女王
この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。
G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。
今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。
ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖り帽子を横っちょにして踊りくるい、或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好で追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草のけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。
「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」
「黒天使の御入来だぞ」
「ブラボー、女王様ばんざい!」
口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰の拍手が起こった。
自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。
「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」
美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。
「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」
「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」
やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、
「ブラボー、ダーク・エンジェル!」
の合唱だ。
暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえてい…