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師を失いたる吾々
しをうしないたるわれわれ
作品ID57417
著者伊藤 左千夫
文字遣い新字新仮名
底本 「子規選集 第十二巻 子規の思い出」 増進会出版社
2002(平成14)年11月5日
初出「心の花 第五卷第十一號」大日本歌學會、1902(明治35)年11月1日
入力者高瀬竜一
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2019-09-19 / 2019-08-30
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 貴墨拝見仕候、新に師を失いたる吾々が今日に処するの心得いかんとの御尋、御念入の御問同憾の至に候、それにつき野生も深く考慮を費したる際なれば、腹臓なく愚存陳じ申べく候
 正岡先生の御逝去が吾々のために悲哀の極みなることは申までもなく候えども、その実先生の御命が明治三十五年の九月まで長延び候はほとんど天の賜とも申すべきほどにて、一年か一年半は全く人の予想よりも御長生ありしことと存じ候、しかるを先生御生存中に充分研究すべきことも、多くは怠慢に付し去り、先生の御命もはや長いことはないと口にいいつつ、なおうかうかと千載逢いがたき光陰をいたずらに空過しながら、先生の御逝去を今更のごとく御驚きとは、はなはだ酷なる申条ながらあまり感服致しがたく候、
 もちろん先生が十年御長生あり候とて偉人ならざる吾々は、もうこれで先生に捨てられても大丈夫安心じゃと申すようなことは有間敷と存候、いつになっても先生に逝かれた時は必ず狼狽して驚くことは知れて居ることに候、されば今日俄に心細がって狼狽したまう君を咎むるは少々無理かとも存候、驚もせず狼狽もせず平気で、そして先生が晩年いかなる標準をもって『日本』週報の歌を御選みありしかを、あえて考究して居るような風もなく漫然歌を詠みつつあるというごとき、人があるならば吾々のもっとも軽侮すべきことと存じ候、貴兄のごときは大に先生御生前中の怠慢を悔い、今にして覚然眼ざめ御奮励との仰せ同感至極に存じ候、野生等とて先生御生前中決して勉強したとは申難く顧て追考すれば赤面のことのみ多く候、しかしそれは今更後悔致し候とて何の詮も無之候えば、貴兄と同様今後いかに処すべきかを定め、それによって奮励するのほかなく候、
 何と申ても先生御存生中は、真先に松明を振りつつ御進みありて、御同様を警戒し指導し、少しく遠ざかりたる時は高所にありて差招きくれ候ことゆえ、自然に先生に依頼するの念のみ強く、知らず知らず安心して暢気に不勉強致し候次第今更後悔先に立たざる恨有之候、松明の光常えに消えて寸前暗黒の感に打たれ停立黙考手探りして道をたずぬるというようなる趣に候、うかと致し候わば元来た道へ戻るようなことなしとも極らずまことに何とも不安心の至りに候、
 永遠のことは分り申さず候えども、差当り思就たるは左の二ヶ条に候、これによって将来の針路を定め、自働的松明を得度と存じ候、他の指導に依頼して暢気な行路をたどりし吾々、にわかに自動的に道を求めねばならぬ境涯、なまけては居られ申さず候、自動的と自由行動とは違申候
(一) 先生が数年に渡れる製作及び選評の跡に見て、前後を比較し進歩変化の様を充分に考量し、就中晩年変化の跡は最も細心に研究して、先生が微細とする所をも探求せざるべからず、
(二) 美術文学に関する書籍はもちろん哲学宗教に渡り、大に古今の書籍を読究せざるべからず、自ら松明を作る、必ず…

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