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脳髄の進化
のうずいのしんか
作品ID57425
著者丘 浅次郎
文字遣い新字新仮名
底本 「進化と人生(上)」 講談社学術文庫、講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出早稲田大学哲学会にて講演、1906(明治39)年2月
入力者矢野重藤
校正者y-star
公開 / 更新2017-09-20 / 2017-08-25
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人間の身体の内にある種々の器官は、いずれを取ってもその進化の経路を調べて見て、おもしろくないものはないが、その中でも特に脳髄は物を考える道具であるゆえ、それが今日のありさままでに発達しきたった由来を研究することは、学問を修める人等にとってはきわめて興味もあり、かつ有益なことであろう。ここにはただその大略だけを説いて、それより生ずる考えをひととおり述べるつもりである。
 われわれの頭の皮をはぎ去り、頭骨を切り開いて見ると、その中にはおよそ三斤ばかりの、白くて豆腐のごとくに柔いものが充満しているが、これがすなわち脳髄である。その全形は頭部全体の外形と同様にほぼ卵形で、上から見ると縦の深い溝によって左右両半球に分かれ、その表面には全部不規則な凸凹があって、あたかも蒲鉾状の山と、その間の谷とが複雑に入りまじっているごとくである。さらに後部のやや下面にあたるところを見ると、ここには他と異なって、細かい横皺の重なっている部分があるが、これだけを小脳と名づけ、先の部分を大脳と名づけて区別する。なおその他には延髄というて、脳髄から脊骨の内にある脊髄のほうへ続く途中にあたる小さな部分がある。
 かような部分よりなり立った脳髄は、何の働きをする器官であるかというに、大脳は第一に自己の存在を知る意識の作用をつとめるところで、もし頭骨を切り開いて大脳をあらわし、その表面に少しく圧力を加えるか、または頸部の血管を縛って大脳へ行く血液の流れを暫時止めて、酸素の欠乏を生ぜしめたりすれば、その人はたちまち意識を失うて人事不省のありさまにおちいってしまう。魔睡薬の働きもこれと同じく、全く大脳の作用を一時止めるにある。かくのごとくにして大脳の働きの止まった人間、または試験のために大脳を切り除いた犬猫などは、あたかも睡眠中のごときありさまで、呼吸、脈搏等はほぼ平常のとおりであるが、ただ意識のみが消え失せて、一種の自働器械となってしまう。なお詳しくいえば、大脳は知、情、意のごときいわゆる精神的の作用をする器官であって、この器官が完全に備わり、かつ完全に働き得る場合においてのみ、かかる精神的作用が十分に現われるのである。小脳の働きについてはいまだことごとく知れぬ点もあるが、従来の実験によると、身体各部の運動を調和一致せしめて、ある一定の目的にかなわしめることである。たとえば、鳩などの頭から小脳のみを取り除くと、意識、知、情、意などは少しも損せず、かつ身体各部の運動の力も存するが、全身の一致調和した整然たる運動は全くできなくなってしまう。また延髄、脊髄は、眼の前へ急に光った物でもくれば知らずして眼瞼を閉じるごとき、刺激に応じて無意識的に行なういわゆる反射運動の中枢である。
[#挿絵]
人の脳髄の側面

 大脳は知、情、意などのごとき高等なる精神的作用をつかさどる器官なることは今述べたとおりであるが、…

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