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金色の死
こんじきのし
作品ID57442
著者谷崎 潤一郎
文字遣い新字新仮名
底本 「お艶殺し」 中公文庫、中央公論社
1993(平成5)年6月10日
初出「東京朝日新聞」1914(大正3)年12月
入力者HAR
校正者悠悠自炊
公開 / 更新2018-07-24 / 2018-06-27
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



岡村君は私の少年時代からの友人でした。丁度私が七つになった年の四月の上旬、新川の家から程遠からぬ小学校へ通い始めた時分に、岡村君も附き添いの女中に連られて来て居ました。彼と私とは教場の席順が隣り合って居て、二人はいつも小さな机をぴったり寄せ附けて並んで居ました。そればかりではなく、岡村君と私とはいろ/\の点でよく似たところがあるように思われました。
其の頃の私の家は大きな酒問屋を営んで居て、家業は日に日に栄えて行くばかり、繁昌に繁昌を重ねて、いつも活気に充ち充ちて居る店先の様子は、子供心にもおぼろげながら一種の歓びと安心とを感じさせる程でした。学校へ行く時も家に居る時も私は木綿の着物を着せられた事が有ませんでした。その上私は学問が非常によく出来て、算術でも読書でも凡ての学課が私の頭には実に容易くすら/\と流れ込みました。恰も白紙へ墨を塗るように、聞いた事は一々ハッキリと何等の面倒もなく胸の中へ記憶されるのです。私は多くの生徒たちが、物を覚えるのに困難を感ずると云う理由を解するのに苦しみました。
全級の生徒のうちで、誰一人として私の持って居るいろ/\の長所に企及する者はありませんでした。唯纔に岡村君が、或る方面に於いて多少私に類似し、若しくは凌駕して居るだけでした。彼は私と同い年にも拘らず、一つか二つ年下に見える小柄な品のいゝ美少年でした。彼の家には巨万の富があり、彼の両親は早く此の世を去って、兄弟のない彼は伯父の監督の下に養育されて居たのです。当時世間の噂に依ると、将来彼が相続す可き岡村家の遺産と云うものは、恐ろしい多額なもので、諸種の株券、鉱山、山林、宅地などを合算すれば三井岩崎の半分ぐらいは確にあるとの評判でした。ですから自分の家の「富」の程度を比べたなら、私は到底彼の足許にも及ばない訳なのです。私はそれを悲しいと思いました。
岡村君の服装は、役者の子供のようにぞろ/\した私の着物と反対に、いつも活溌な洋服姿でした。半ずぼんに長い靴下を着けて、さも柔かそうな半靴を穿き、頭にはキッと海軍帽を被って居ます。その頃の洋服は今よりも遥に珍らしがられたものですから、彼の服装は私のよりも人目を惹き、余計羨望の的となりました。
頭脳の方も、岡村君は決して私に劣っては居ませんでした。けれども私のように凡ての学課を得意とし、凡ての学問を平等に愛する事は出来ませんでした。孰れかと云えば、彼は数学を嫌い、読書を好みました。殊に彼の作文と来たら、最も上手とする所でしたが、それすら敢て私を凌駕する程ではなかったのです。文才に於て、彼と私とは抜群の誉を担いつゝ常に競争して居ました。試験の度毎に必ず私は全級の首席を占め彼は次席を占めました。二人は先生からも生徒からも、除け者扱いにされて居ました。随って、二人の交情は期せずして親密になり、お互に双方の長所を尊敬し合いつゝ、心私かに…

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