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英国日食班の印象
えいこくにっしょくはんのいんしょう |
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作品ID | 57450 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店 2000(平成12)年10月5日 |
初出 | 「科学 第六巻第八号」1936(昭和11)8月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 岡村和彦 |
公開 / 更新 | 2021-03-29 / 2021-02-26 |
長さの目安 | 約 14 ページ(500字/頁で計算) |
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昨年の秋C・T・Rウイルソン先生からの手紙で、ストラットン教授の一行が今度の日食観測に北海道の方へ行くことになったから宜敷くとのことであった。その後何の消息もなかったのであるが、新聞紙の上で愈々一行が日本へ着いたことを知って、もうそんな時機になったのかと思う位であった。ところが四月の末に初めてストラットン教授からの手紙で、三十日に札幌へ着くから仕事の上の打合せで会いたいとのことであった。実は友人の陸軍のN少佐が剣橋で約一か年気象の研究をしたいという話が前にあって、日本から持って行った器械で向うで野外観測をしたいというのであった。英国側でもそれはちょっと困る話であろうと思ったのであるが、兎に角頼んでみたところ、ストラットン教授が心よく引受けてくれて、剣橋の太陽物理学観測所で万端の便宜をはかって研究をさせてくれたことが最近あったのである。それで今度ストラットン教授が北海道へきた場合に、観測の上では出来るだけの便宜を得られることを内心希望していた次第なのである。
一行の先発隊はストラットン教授の外に印度のコダイカナルの太陽研究所長ロイヅ博士とストラットン教授の無電の助手バグノルド少佐との三名であった。会ってみるとこのロイヅ博士は以前に電気火花の優れた論文を Phil. Trans. に出されたことがあり、自分の専門の仕事との関係上十分知悉していた人なのである。予期しなかったことだけに互に奇遇を喜ぶような気持になって、一晩泊りの短い滞在で観測地の方へ向う一行を見送った時には非常に親しい感情が醸されていた。ストラットン教授は「仕事が第一、見物は第二」というモットーで、ほとんど観測準備の話ばかりであった。まず海水浴に使う日除け傘を十本買いたいという話であった。器械の日除け雨除けにはこれが一番良いということである。最初にこの用談を切り出された時に、自分は久し振りで英国風な研究の香りを嗅いだような気がした。それから蒸溜水、薬品、電池などの打合せがすんで、最後にもし器械に故障があった時の修理の手配を詳細に取りきめた。これは後で上斜里の観測地へ行って初めて分ったことであるが、ストラットン教授の荷物の中にはほとんど完全と思われる移動金工場があったのである。そして螺子の修理やちょっとした器械の故障は完全に直せるだけの手配はしてあったのである。この移動工場を見て、札幌での打合せを思い出した時に、私はつくづくストラットン教授の準備の周到振りを感じたのであった。
愈々日食の日が近づいた十五日の夜行で、私は仁科博士と同行して上斜里の観測地へ向うべく札幌を立った。その汽車には偶然英国班の最後の参加者アストン博士が観測の御手伝い役たる大使館員マッキンタイヤ、ピゴット、ペンダーカドリップおよびブロムレイの四氏と共に乗り込んでいた。上斜里では既に一か月にあまる準備工作が進んでいて、すべての器…