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霜柱と白粉の話
しもばしらとおしろいのはなし
作品ID57457
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店
2000(平成12)年10月5日
初出「思想 第一八七号」岩波書店、1937(昭和12)年12月1日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2017-03-10 / 2017-01-20
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 寺田寅彦先生門下の中に、M君という私の友人がある。M君の家は関西でも有名な旧家で、化粧品の製造では日本でも有数な家である。私とは高等学校時代からの同窓で、一緒に大学で物理学を修めた因縁があるので、霜柱と白粉という妙な題目の話が生れたわけなのである。
 大学を卒業する間近になって、M君は卒業後二、三年大学で研究生活をして、それから家へ帰って化粧品の製造と研究とに入りたいという希望をもち出したのである。ところで大学院に入るにしても、白粉の研究に直ぐ間に合うような知識を授けてくれる先生などがどこにもある理由もなく、折角のM君の大望も指導教授の点でまず困ってしまったのであった。それで色々考えた揚句、結局寺田先生の所へ持ち込むより外に方法がないということになった。
 ある土曜の晩、例の曙町の応接間へ乗り込んで、愈々この御願いを切り出すことになったのであるが、流石の先生もこの話には少々面喰らわれたようであった。「どうも白粉の研究までは流石に僕も考えたことがないのでね」と、いつものように顔一杯皺だらけにして苦笑された。しかし頼む方は本気なので、先生もそれでは何か考えてみようということになって、後は色々な話になったのであった。その中に先生は何か急に思い付かれたことがあったらしく、「そうだ一つやってみるか」と切り出されたのである。「君、霜柱の研究でも良かったら一つやって見ませんか」という話なのである。普通だったら少し度胆を抜かれるところであるが、前々から実験室の中ではこの程度の指導振りにはもう馴れているので、一議に及ばずかしこまりましたということになったのであった。兎に角電気火花をパチパチと飛ばせて覗き込みながら、「うんそうかこれは君、電子の針金が出来ているのだね。そうだ、一つこの電子の針金の写真を撮る工夫をしてくれ給え」などという命令を受けて、平気でかしこまりましたという位なのだから、白粉の研究に霜柱を作ってみる位は勿論吾々の仲間には何でもないことなのであった。
 霜柱と白粉との関係の表向きの理由は、先生は前から霜柱の現象に興味を持っておられて、あの不思議な氷の結晶が関東平野の赤土という特殊な土で見事に発達する原因を、この土の膠質学的の特殊の性質によるものと考えておられたのであった。それでこの膠質の物理的性質の研究というのが、即ち化粧品の科学的研究の基礎をなすものであるということになるので、聞いてみればいかにもその通りである。しかしそれだけのことならば、何も寺田先生を煩わすまでのこともないのである。それより膠質の物理的性質の研究に霜柱のような妙なものを特に選ばれたという点が問題なのであるが、今になって考えて見ると少し分るような気がする。その理由は色々あるのであろうが、第一に化粧品のような沢山の要素があってその各要素の総合的の効果が問題となるようなものの研究には、なるべく一…

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