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文化史上の寺田寅彦先生
ぶんかしじょうのてらだとらひこせんせい
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店
2000(平成12)年10月5日
初出「大阪毎日新聞」1936(昭和11)年2月5日
入力者kompass
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-12-31 / 2019-11-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 現代のわが国のもった最も綜合的な文化の恩人たる故寺田寅彦先生の全貌を語ることは、今日の日本のもつ教養の最高峰を語ることであって、単に物理学の部門での先生の一門下生たる自分などのなし得るところではないかも知れないが、何人がその任に当っても恐らく非常に困難なことであろう。
 先生は、外見上は全く異なる二方面において、今日のわが国の文化の最高標準を示す活動を続けられていた。その一は物理学者としてであって、帝国学士院会員、東京帝大教授としてのほかに理化学研究所、地震研究所、航空研究所において、それぞれ研究室を持ち、多彩の研究をほとんど間断なく発表されていたのである。他の一面は漱石門下の逸材吉村冬彦としての生活であって、その随筆もまたわが国の文学史上に不朽の足跡を止めている。この一見全然相反する二方面の仕事が先生の場合には渾然として融合していたのである。先生はある時、自分にその点について「科学者と芸術家とは最も縁の遠いもののように考える人もあるが、自分にはそうは思えない。趣味と生活とが一致しているという点ではこれくらい似寄ったものはない」と語られたことがあった。科学も芸術もともに職業とせずして生活とされていた先生の頭の中では、この両者は実は区別が出来ていなかったのであろう。
 物理学者としての先生の事績を外面的に見れば、英文で書かれた論文が三千ページに及んでおり、その部門が地球物理学、気象学、広い範囲における実験物理学、その他にわたっていることなどであろう。そのおのおのの部門における研究が、どれも文字通りに日本の物理学界を世界的の水準まで引き揚げるのに重要な役割をしていたことは今さら述べるまでもない。英国の科学雑誌ネーチュア誌に、世界の目ぼしい研究を毎回少数ずつ拾って紹介している中に、先生の研究がわが国からは一番多く紹介されていたようである。あまりに天才的なその研究が、たまたまわが国では奇異の眼をもって見るような人を生じたかも知れないが、実際のところ、その研究は、広い意味において極めてオーソドックスな物理の大道を行ったものである。しかしそのようなことは結局この場合にはいうまでもないことであって、近年先生の頭の中に次第に醗酵してきていたと思われる「新物理学」の体系こそは、誠に人智の恐るべき企てであった。
 この「新物理学」の内容は、もはや何人も窺知することを許さぬ世界のものとなってしまった。今となっては近年の先生の研究題目の中からこれを推測するより他に仕方がない。盲人が象をさぐる譬えがそのまま当てはまるのである。そのような大胆なことが許されるならば、まずその一つの相は生物の現象の物理的研究である。「藤の実の割れ方の研究」「椿の花の落ち方について」「生命と割れ目」などの論文がその一面を物語っている。この最後の論文を草せられるためには、欧文の細胞学の専門書を五、六冊も繙か…

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