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雪の化石1
ゆきのかせき1
作品ID57466
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店
2000(平成12)年10月5日
初出「東京朝日新聞」1935(昭和10)年11月24日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2017-02-19 / 2017-01-12
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 北海道の奥地深く、標高千メートルの地点では、冬中気温は普通零下十度以下で、雪の結晶は顕微鏡下に、水晶の骨組のように繊細を極めた姿を顕している。その六方の枝の端の端まで行き渡った輪廓の鋭さは、近代硝子器の持つ感覚である。このような結晶が、冬ごとに北海道の山々を埋めて、春になって融けて行くのは、自然が秘めた最も大きい豪奢の一つであろう。
 自然は水母の化石を百万年の後に残し、人間の夢は今この雪の結晶を十年博物館の一隅に設えて、暖国に育った子供達に顕微鏡を覗かせたいと願う。
 現実の問題としては、雪の結晶は昇華作用が激しいために、零下十度の場所に保存しておいても、間もなくすっかり形が変ってしまう。それで零度以下でも凍らず、水も溶かさぬ液体の中に結晶を浸しておいて、低温のままでこの液を固める方法があれば、望みの雪の化石が出来るはずである。コロホニウムをクロロフォルムに溶かした液はかなりこの目的に適うが、その化石では未だ一週間位しか持たない。十年が七日に縮んだが、まだ全く望みを棄てたものでもない。
 これは十勝岳の中腹、白銀荘という山小屋での真冬の夢である。
(昭和十年十一月『東京朝日新聞』)



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