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リチャードソン
リチャードソン
作品ID57468
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎集 第一巻」 岩波書店
2000(平成12)年10月5日
初出「科学知識 第十六巻第十一号」1936(昭和11)11月9日
入力者kompass
校正者砂場清隆
公開 / 更新2018-02-15 / 2018-01-27
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私がリチャードソン先生の実験室で働いたのは、一九二八年の四月からまる一年間に過ぎなかったので、決して先生をよく理解したとはいえないであろう。しかしわずか一年の間にリチャードソン先生をその代表と見るべき英国の学者の一つの型から受けた印象はかなり強いものである。それは結局のところ生活と研究とが完全に一致しているということである。そして英国という国の雰囲気は、そのような人のそのような生活を許容しておくことが出来るということであった。
 リチャードソン先生は私の留学の頃よりも大分前から英国王立学会の研究教授として、倫敦のキングスカレッヂで研究実験の指導をしておられ、今も引続いてその地位にあるのである。この教授というのは Yarrow Research Professor というので、講義は全然なく、日本でいえば大学院に当る学生達と若い講師や助手等の職員と外国からの留学生等の研究実験の指導だけが仕事であったようである。その頃の研究の題目は、分子スペクトルと、長波長X線と、前からの仕事でノーベル賞受賞の研究となった熱電子の仕事の続きとが主なものであった。そしてその下で働いていた学生や助手達は九人位であったかと思う。
 そこで私が何よりも一番に驚いたことは、リチャードソン先生は普通一週一回金曜日に、しかも午後二、三時間位しか学校へ出てこないということであった。そしてその一週一回の登校の場合でも、大抵は自分の室にいるので実験室へ顔を出すということは極めて稀であった。何でも午後四時頃までには家へ帰って御茶に間に合わさなければならぬので、稀に実験室へ顔を出しても非常に急いでいて、何か一言二言喋ってさっさと引き上げてしまうのであった。同じ室にいた印度の留学生でラマン教授の御弟子が、「そらまたプロフェッサーが、“Can I help you in one minute?”といいにきたぞ」といって笑ったものであった。
 それでも私達は、まだ一月に一度位は会えたものだったが、別の室にいたアメリカのある大学の助教授の人などは、君達はまだ良い方だぞ、僕は最後にプロフェッサーを見てから既に八か月になるという始末であった。もっともこれは英国流のユーモアを入れた話ではあろうが、まず大体その調子と思えば間違いなかった。
 それで実験室での色々の細かい技術上の指導というものは結局助手達が御互にやるのであった。しかし世界中から集った若い連中が持ち寄った色々の小さい知識がだんだん集積して、一つの伝統となってこの実験室に残っているので、少し教室の空気に馴れると誰でも一人でどんどん実験が進められるようになっていた。
 それにこの実験室には、R君という大学出でない旧い助手が一人いてその男がこの旧くからの知識の集積を司り、一方プロフェッサーとの間の連絡をつとめていた。なかなかのガッチリ屋で皆にあまり好かれてい…

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