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小さな部屋
ちいさなへや |
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作品ID | 57481 |
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著者 | 坂口 安吾 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「桜の森の満開の下」 講談社文芸文庫、講談社 1989(平成元)年4月10日 |
初出 | 「文藝春秋 第一一年二号」1933(昭和8)年2月1日 |
入力者 | 日根敏晶 |
校正者 | まつもこ |
公開 / 更新 | 2017-10-20 / 2017-09-24 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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「扨て一人の男が浜で死んだ。ところで同じ時刻には一人の男が街角を曲っていた」――
という、これに似通った流行唄の文句があるのだが、韮山痴川は、白昼現にあの街角この街角を曲っているに相違ない薄気味の悪い奴を時々考えてみると厭な気がした。自分も街角を曲る奴にならねばならんと思った。
韮山痴川は一種のディレッタントであった。顔も胴体ももくもく脹らんでいて、一見土左衛門を彷彿させた。近頃は相変らず丸々とむくんだなりに、生臭い疲労の翳がどことなく射しはじめたが、いわば疲れた土左衛門となったのである。
「私に避け難い知り難い嘆きがある。そのために私はお前に溺れているが、お前に由って救われるとは思いもよらぬ。苦痛を苦痛で紛らすように私はお前に縋るのだが、それも結局、お前と私の造り出す地獄の騒音によって、古沼のような沈澱の底を探りたい念願に他ならぬ」――
痴川はいったい愚痴っぽいたちの男である。性来憂鬱を好み、日頃煩悶を口癖にして倦むことを知らない。前記の言葉はその一例であるが、これは浅間麻油の聞き飽いた(莫迦の)一つ文句であった。この言葉によれば、痴川はまるで麻油にとって厳たる支配者の形に見えるのだが、事実は麻油に軽蔑されきっていた。麻油は痴川の情人でない。情人でないこともないが、麻油は出鱈目な女詩人で、痴川のほかに、その友人の伊豆ならびに小笠原とも公然関係を結んでいた。
痴川に麻油を独占する意欲はなかった。併し女に軽蔑されることを嫌った。惚れられていたかったのだ。こういう所に女に軽蔑された根拠もあったのだし、それを避けようとして殊更に泣き言めいて悩み悩みと言い慣わした理由もある。地獄の騒音の底で古沼の沈澱を探りたいなどと勿体ぶった言い草もくだらない独りよがりで、見掛倒しの痴川は始終古沼の底で足掻きのとれない憂鬱を舐めていた。探りたい段でなく、探りすぎて悩まされ通していた。
痴川は憂鬱な内攻に堪え難くなると、病身で鼠のように気の弱い伊豆のもとへ驀地に躍り込み、おっ被せるようにして、「むむ、ああ、もう俺はあのけったいな女詩人を見るのも嫌になった」痴川は顔を大形に顰めて、いきなり大がかりに胡坐を組み、さも苦しげに吐息を落すのであった。「お前はあの女と結婚するのが丁度いいぜ。俺が一肌ぬぐが、お前はあの女に惚れ込んでいるし……」「俺は惚れてなんかいないよ」と、伊豆は不興げに病弱な蒼白い顔を伏せた。痴川は急にわなわなと顫えだして頬の贅肉をひきつらせ、ちんちくりんな拳で伊豆の胸倉をこづいて、「お前という奴は、まるで、こん畜生め! 友達の心のこれっぱかしも分らねえ奴で……」それから後は唐突な慟哭になる。慣れてはいるし呆気にとられるわけでもないが、どうすることも出来ないので、伊豆は薄い唇を兎も角微笑めく顫いに紛らして、ねちねちした愚痴を一々頷くよりほかに仕方もなかった。
麻油…