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乱歩分析
らんぽぶんせき |
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作品ID | 57501 |
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著者 | 大下 宇陀児 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「江戸川乱歩 日本探偵小説事典」 河出書房新社 1996(平成8)年10月25日 |
初出 | 「別冊宝石」1954(昭和29)年11月 |
入力者 | sogo |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2017-11-15 / 2017-10-25 |
長さの目安 | 約 18 ページ(500字/頁で計算) |
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畏友江戸川乱歩は、還暦のお祝いをしてもらうことを、たいそう喜び楽しんで待っている。そのお祝いに、彼は、
「ぼくも一つ力作を書く。君も書いてくれ。」
と直接私にいった。
めったに書かない彼が、本気に書く気になっていることは、私を少し驚かせもしたし、よし、それならば私も書かねばなるまいぞ、という気持にならせもした。たしか、木々高太郎が、探偵作家クラブ会長を引受けてくれる、という意思表示をし、そのための打合せで、私たち三人が会った夜のことであったと思う。
ところが、私は書けなかった。彼への祝意と敬意とを併せ含めたような作品を、と私なりに、欲の深いことを考えたせいかも知れない。同時に、乱歩好みの本格的なものをと思ってみたり、いや、それではうまく行きそうもないから、ユーモア小説にして、など思っているうちに締切りが来てしまって、どうにもならない。
この記念すべき「作品展示会」ともいうべきものに、私が参加できないのは、乱歩及び宝石編輯部へ対し、相すまぬという以上に、自分でもまことに残念だけれども、創作の代りに私の観た乱歩を語ることによって、責任の一部を果させてもらいたいと思う。私はずいぶん長く彼とつきあってきている。でも、本気になって彼を語ったことは一度もない。この機会に、それをやらせてもらおうとも考えるわけだ。
私が乱歩について、オヤと眼を瞠る気持になったのは、あの戦争の最中、これもかなり形勢が逼迫してきた頃のことだった。
彼が三田から、今の住居の池袋三丁目、土地では駅を中心にしてそれら一帯を西口と呼ぶが、その西口の立教前へ移転してきたのは昭和九年の六月三十日、雨のパラつく薄曇りの日であったが、その同じ日に私の方は、大塚から、今の住所の雑司ヶ谷五丁目、池袋東口の鬼子母神近くへ移転してきた。
この同じ日の移転は、申合せをしたのでもなんでもなく、全く偶然の一致だった。位置は、国電の線路をはさんで、東西に対照的になっている。歩いて、十五分ほどの距離である。私はブルドッグやグレートデンを飼っていて、それが自慢だったから、立教の構内をぬけて彼を訪ねて見せに行き、彼もまたこちらへやってきて将棋をさした。あいにくなことに彼は生き物を飼うことに趣味をもたない。グレートデンを見ても、一向ほめてくれず、また私が白い鸚鵡を飼っていて、これも自慢して見せたけれども、鸚鵡のとまり木にとまっている姿を見て、ただ、「たいくつだろうな。」と、さもさも鳥に同情したようにいっただけである。
二人が探偵小説について語り合ったことは、ほとんどない。へんなことだが、ほんとうである。考えが、ずいぶん違うのだということを、互いにはっきり知っているせいかも知れない。彼がほめるものを、私の方は、そんなに感心しないということがよく起る。
「赤毛のレッドメイン」に、彼はたいそう感激し、井上良夫君から借り…