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五階の窓
ごかいのまど |
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作品ID | 57508 |
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副題 | 01 合作の一(発端) 01 がっさくのいち(ほったん) |
著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣」 光文社文庫、光文社 2005(平成17)年11月20日 |
初出 | 「新青年」博文館、1926(大正15)年5月 |
入力者 | 金城学院大学 電子書籍制作 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2017-09-01 / 2019-05-07 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「社長、又脅迫状です」
ドアが開いて、庶務の北川が入って来た。株式会社西村電気商会主の西村陽吉は、灰皿の上に葉巻を置いて、クルリと廻転椅子を廻し笑顔を向けた。
「又かい。根気のいいものだね」
彼はものうげに、北川のさし出す書状を受取ると、チエッと舌打ちをしながら、開封した。
「慣れっちまいましたね。封筒を見れば、これは脅迫状だなんて、直ぐに分る様になりました」
「ウン」
西村は鷹揚にうなずいて、封筒の中味を読み始めた。北川はそのうしろから、さも主人の身の上を気づかう恰好で、手紙を覗いている。
「ワハハハハハハハ、大分手ひどい。暗夜を気をつけろだって、うっかりすると命があぶないぞ」
西村は椅子の上でそっくり返って笑った。
「ここだよ、ほら」
北川は社長の指さす文面を、小声で読んで見て、さも生真面目な表情を作りながら、
「無智な奴って、仕様がないものだね。個人としての社長を恨むなんて、飛んでもない見当違いじゃありませんか。恨むなら会社全体を恨むがいい、会社をして事業縮少を余儀なくさせた経済界を恨むがいい。何も社長の御存知のことじゃないのですからね」
「理窟はそんなものだがね。まあ奴等にしちゃ無理もないさ。明日から路頭に迷うのだ。世迷事も云い度くなる。だが、何が出来るものか。脅かしだよ。こんなことをして涙金をせしめようという、さもしい根性だよ」
「残った連中を煽動して、同盟罷業をやらせようと、盛に説き廻っているということですが」
「それよ。お極りだあな。そこに手抜りがあるものか。こっちには桝本のおやじが抱き込んである。あいつにたんまりくらわせてあるからね。あれの人望で圧えつけりゃ、ナアニ、びくともするこっちゃない。解雇された奴等の脅迫よりは、桝本職工長の眼玉が怖いさ」
「それにしても、此際社長のおからだに万一のことがあっては、それこそ大変ですから、充分御注意が肝要だと思います」
「有難う。だが、僕はこう見えても、まだ職工なんかにやっつけられる程耄碌はしないつもりだ。そんなことより、大分手紙がたまっている。タイピストを呼んで呉れ給え。瀬川だよ。あの子供は感心に速記がうまい」
北川は上目遣いに社長の顔を眺めた。そして、五十親爺の口辺に一寸恥し相な皺のきざまれたのを見ると、一種の満足を感じて、ニヤニヤ笑いながら答えた。
「ハ、承知致しました」
なにもかもこの私が呑み込んで居ります、御気づかいなくという意味をこめて、一寸腰をかがめると、北川は社長室を出て、隣の事務室へ帰った。
二室を打抜いた広間には、一列にデスクが並んで、十数名の男女が事務を執っている。北川は、その一方の隅のタイピスト達の席を眺めた。「奴さん又やっているな」会計係の野田幸吉とタイピストの瀬川艶子とが、席を並べてヒソヒソ話し合っているのを見ると、北川は意地の悪い微笑を浮べて、その方へ近…