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目羅博士の不思議な犯罪
めらはかせのふしぎなはんざい
著者江戸川 乱歩
文字遣い新字新仮名
底本 「江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪」 光文社文庫、光文社
2004(平成16)年6月20日
初出「文藝倶楽部 探偵小説と滑稽小説号」博文館、1931(昭和6)年4月増刊
入力者金城学院大学 電子書籍制作
校正者まつもこ
公開 / 更新2019-11-12 / 2019-10-28
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 私は探偵小説の筋を考える為に、方々をぶらつくことがあるが、東京を離れない場合は、大抵行先が極っている。浅草公園、花やしき、上野の博物館、同じく動物園、隅田川の乗合蒸汽、両国の国技館。(あの丸屋根が往年のパノラマ館を聯想させ、私をひきつける)今もその国技館の「お化け大会」という奴を見て帰った所だ。久しぶりで「八幡の藪不知」をくぐって、子供の時分の懐しい思出に耽ることが出来た。
 ところで、お話は、やっぱりその、原稿の催促がきびしくて、家にいたたまらず、一週間ばかり東京市内をぶらついていた時、ある日、上野の動物園で、ふと妙な人物に出合ったことから始まるのだ。
 もう夕方で、閉館時間が迫って来て、見物達は大抵帰ってしまい、館内はひっそり閑と静まり返っていた。
 芝居や寄席なぞでもそうだが、最後の幕はろくろく見もしないで、下足場の混雑ばかり気にしている江戸っ子気質はどうも私の気風に合わぬ。
 動物園でもその通りだ。東京の人は、なぜか帰りいそぎをする。まだ門が閉った訳でもないのに、場内はガランとして、人気もない有様だ。
 私は猿の檻の前に、ぼんやり佇んで、つい今しがたまで雑沓していた、園内の異様な静けさを楽しんでいた。
 猿共も、からかって呉れる対手がなくなった為か、ひっそりと、淋しそうにしている。
 あたりが余りに静かだったので、暫くして、ふと、うしろに人の気配を感じた時には、何かしらゾッとした程だ。
 それは髪を長く延ばした、青白い顔の青年で、折目のつかぬ服を着た、所謂「ルンペン」という感じの人物であったが、顔付の割には快活に、檻の中の猿にからかったりし始めた。
 よく動物園に来るものと見えて、猿をからかうのが手に入ったものだ。餌を一つやるにも、思う存分芸当をやらせて、散々楽しんでから、やっと投げ与えるという風で、非常に面白いものだから、私はニヤニヤ笑いながら、いつまでもそれを見物していた。
「猿ってやつは、どうして、相手の真似をしたがるのでしょうね」
 男が、ふと私に話しかけた。彼はその時、蜜柑の皮を上に投げては受取り、投げては受取りしていた。檻の中の一匹の猿も、彼と全く同じやり方で、蜜柑の皮を投げたり受取ったりしていた。
 私が笑って見せると、男は又云った。
「真似って云うことは、考えて見ると怖いですね。神様が、猿にああいう本能をお与えなすったことがですよ」
 私は、この男、哲学者ルンペンだなと思った。
「猿が真似するのはおかしいけど、人間が真似するのはおかしくありませんね。神様は人間にも、猿と同じ本能を、いくらかお与えなすった。それは考えて見ると怖いですよ。あなた、山の中で大猿に出会った旅人の話をご存じですか」
 男は話ずきと見えて、段々口数が多くなる。私は、人見知りをする質で、他人から話しかけられるのは余り好きでないが、この男には、妙な興味を感じた…

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