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府中のけやき
ふちゅうのけやき
作品ID57530
著者中 勘助
文字遣い新字旧仮名
底本 「花の名随筆3 三月の花」 作品社
1999(平成11)年2月10日
入力者岡村和彦
校正者noriko saito
公開 / 更新2017-05-22 / 2017-03-11
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昭和三十五年三月三十一日
 いつだつたか新聞に蓮の研究で有名な大賀博士が府中の大国魂神社のすばらしい欅の並木が滅びてゆくのを惜まれる記事が載つてたのを読んだ。さうしたらそのつぎなにかの雑誌に戸塚文子さんだつたか同じ処のくらやみ祭と烏の団扇のことを書いてゐられるのを見た。そしてこの偶然に出来た三題話がしきりに私の好奇心?をそそつていつかは行つてみようと私に決心をさせた。生えぬきの関東平野の人間でゐながら府中も欅も知らなかつたのだ。序に迂闊の追加をすれば、大賀博士は一高時代私と同期で、私と同級の奥田正造氏と寮で同室にゐられたとのこと。こちらは知らないのに先方で私をよく知つてたのは私が目にたつくらゐの怠け者だつたからだらう。そればかりか蓮の縁かなにかでこの家内のさとの者はみんな知合ひだつた。あとでわかつたことである。
 さて久びさで郊外の自然も楽しみたいと思つてるところへこの気温の高い春がきて庭木の芽が一斉に萌えだした。で、それ とばかりに家内と出かけた。風はずゐぶん強いが汗ばむほど暖い。電車をおりたらぢきに社。由緒がきによれば、祭神は大国魂の神、天孫降臨に際し国土を瓊瓊杵尊に献つて出雲の杵築の大社に鎮座したまふたことは世人の知るところである。……さうして出雲のおみ天穂日命の後裔が初めて武蔵の国造に任ぜられ当社に奉仕してから代々の国造が祭を掌ることになつた、といふ。この気が遠くなるほど古く芒洋とした話は京洛のそれとちがひしんしんとした杉の森のなかに黒ぐろとたつてる東国の社にふさはしい趣をそへる。
 そのうち大化の改新により武蔵の国府をここにおかれた。永承年間陸奥の安倍頼時父子が叛いたとき鎮守府将軍源頼義、子義家が征討のみちすがらこの社に参籠して戦勝の祈願をこめ、凱旋のをり御礼参りをして欅の苗千株を植ゑた。そのうちの一本が今も馬場大門に残つてゐる。九百年前のものである。後世頼朝や家康の植ゑたものもあるやうで現在は三百二十八本、大正十三年には六百本ぐらゐはあつたらうとのこと。大鳥居からまつすぐに四、五町のあひだ幾百年をへた老木が天に逆らふ巨怪のごとく逞しい枝を撓め伸ばして風と揉合つてるさまはまことに壮観であり、偉観である。

くにたまの欅の並木たけびたち国つ神がみ武者押しすらし

 五月五日の祭には夜八つの神輿が古式の行列をととのへ社殿の内外、氏子一同悉く消灯した暗黒のうちを御旅所へ渡御する。これを俗に くらやみ祭 といひ、式の前後町内に数万の御神灯をともすので 提灯祭 ともいふ。
 七月十二日の夜から十三日の暁へかけて摂社みやのめ神社――祭神天鈿女命ほか二柱――の祭があり、舞人が青摺の舞衣をきて舞ふ。これを 青袖祭 といひ、十三日の朝になつて杉の小枝を手草として舞ふ。これを 杉舞祭 といふ。

国魂の社のけやき年をへて青袖のまひ翁さびすも

 七月二十日には すも…

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