えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
偉大なる夢
いだいなるゆめ |
|
作品ID | 57531 |
---|---|
著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「江戸川乱歩全集 第14巻 新宝島」 光文社文庫、光文社 2004(平成16)年1月20日 |
初出 | 「日の出」新潮社、1943(昭和18)年11月~1944(昭和19)年12月 |
入力者 | 金城学院大学 電子書籍制作 |
校正者 | 入江幹夫 |
公開 / 更新 | 2021-10-28 / 2021-09-27 |
長さの目安 | 約 239 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
[#ページの左右中央]
作者の言葉
夢を尊重せよ。われらの陸海軍は皇国三千年の夢を実現しつつあるではないか。偉大なる夢と月々火水木金々の努力、斯くして偉大なる現実は生れるのだ。夢無くして科学は無い。科学の進歩は天才の夢に負う所如何に多大であるか。科学史の毎頁がこれを証明している。現実に先行する夢なくして現実の進歩はない。今や完全なる勝利か、然らずんば国民一人残らずの死あるのみである。眼前の現実に跼蹐して、徒らに物資の不自由を喞つことをやめよ。卑小なる保身を離れて、偉大なる夢を抱け。私は一つの夢を語ろうとする。無論、昔日の悪夢を語るのではない。昔日の悪夢は悉くかなぐり捨て、私の力の許す限りに於て、大いなる正夢を語ろうとするのである。
[#改ページ]
巨人の脈搏
世界の国という国がその総力をかたむけ、大地球の全面をゆるがして戦いつつある時、日本国の威力が東半球を風靡し、つい四五年前までの国民には架空の夢でしかなかった偉大なる事業が、いま彼等の眼前に実現されつつある時、前線の勇士達は、その一人一人が神となって今の世の神話を創造しつつある時、聖戦完遂の心臓部、日本陸軍省はひねもす夜もすがら、頼もしく力強き搏動をつづけていた。
この巨大なる心臓は、些々たる戦況に一喜一憂することなく、如何なる場合にも冷静にがっしりと規則正しく脈搏っていたが、しかし極めて稀には、大いなる憂い、大いなる喜びのために、その鼓動を早めることがないとは云えなかった。陸軍大臣官房の少年給仕高橋喜一は、少年の敏感さをもって、時としてこの巨大なる脈搏の変調を直感することがあった。
今日も、高橋少年はその変調をひしひしと身に感じていた。実にただならぬ気配であった。真珠湾攻撃の歴史的報告がもたらされた時、昭南島攻略、コレヒドール攻略の快報に接した時、巨人の心臓も流石に大きく脈搏ったのであるが、今日の気配はそれらとは全く種類を異にし、しかもそれらの場合と同じほどの、或はそれ以上の重大性を持っているかに直感せられた。もしかしたら、これは喜びの胸騒ぎではなくて、大いなる憂いのためのものではないのかと、一少年給仕すら、全身に脂汗の流れるような興奮を覚えたのである。午後三時頃から、大臣室に隣りする小会議室に何かしら極めて重大な秘密会議が開かれていた。高橋少年はこの種の会議は列席者が少なければ少ないほど、却って重大であることをよく知っていたが、今日の会議の列席者はごく少数であった上に、その顔振れが日頃の省内の会議などとは全く違っていることが、先ず彼に異様な感じを与えたのである。
会議室のドッシリと重い楢のドアを開き、それぞれ常にない緊張の面持で室内に消えた人々のうち、半数以上は顔見知りの高官であった。陸軍大臣、参謀次長、航空技術本部長、兵器行政本部長、悉くが最高の長官ばかりである。
外に背広…