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新宝島
しんたからじま |
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作品ID | 57532 |
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著者 | 江戸川 乱歩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「江戸川乱歩全集 第14巻 新宝島」 光文社文庫、光文社 2004(平成16)年1月20日 |
初出 | 「少年倶楽部」大日本雄弁会講談社、1940(昭和15)年4月~1941(昭和16)年3月 |
入力者 | 金城学院大学 電子書籍制作 |
校正者 | 入江幹夫 |
公開 / 更新 | 2021-09-10 / 2021-08-28 |
長さの目安 | 約 203 ページ(500字/頁で計算) |
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序
この物語は、大東亜戦争勃発以前、昭和十五年度に執筆したものであるが、当時既に我々の南方諸島への関心は日に日に高まりつつあったので、その心持が、物語の舞台を南洋に選ばせたものであろう。又当時は対米貿易の行われている頃で、短時日に出来るだけ多くの物資をかの国から輸入しておかなければならぬ事情にあり、政府は貿易尻決済の金の獲得に百方苦慮していたのであるが、その事が日本少年による黄金境発見の空想となって、ここに反映したものであろう。しかしながら、この物語の主眼は寧ろ前半の、三少年の海洋と孤島に於ける冐険生活にある。次々と襲い来る艱難を、少年の智慧と工夫によって一つ一つ克服して行く、百折不倒の精神にある。そういう点で、この物語がいくらかでも年少読者の精神を鼓舞するの資たるを得ば、作者の幸これに過ぎぬものである。
昭和十七年六月
江戸川乱歩
[#改ページ]
不思議な帆船
ある夏休のことでした。
小学校六年生の琴野一郎、前田保、西川哲雄の三少年は、琴野君のお父さまにつれられて、九州の長崎市へ旅行しました。
三少年のお家は東京の芝区にあって、お父さん同志が大へん親しくしていらっしゃるので、まるで親戚のように、たえず行き来をしている間柄でした。
三人とも一学期の試験の成績が、これまでよりもずっとよかったものですから、その御褒美にというので、ちょうど琴野君のお父さまが、長崎の親戚に御用があって旅行なさるのをさいわい、兄弟のように仲よしの三少年を、長崎見物につれて行って下さったわけでした。
長崎港は日本で一番早くひらけた、外国との取引の港として、国史や地理の時間に、いろいろ面白いお話を聞いていましたので、三人はもう大喜びです。
少年たちは、長崎に着きますと、琴野君の親戚のお家に泊って、そこの小父さんの案内で、毎日市内を見物してあるきましたが、町には東京などでは見られない古い洋館や支那人の家がならんでいて、西洋人や支那人がたくさん歩いていますし、すぐ町つづきの港には、支那や台湾へ行く大きな汽船が毎日出入りしていますし、昔のオランダ屋敷の跡だとか、古い古いキリスト教の会堂だとか、支那人の建てた妙な形の寺院だとか、どれもこれも珍しいものばかりで、なんだか外国へでも来たような気持がするのでした。
さて三人が長崎へ着いて五日目のことです。もう一とおり市内の見物をおわって、近いところならば、少年たち三人だけで遊びに行ってもいいというお許が出ていましたので、夕方から、子供ばかりで散歩に出たのですが、三人の足はいつとはなく、海岸の桟橋の方へ向いていました。三人はそれほど船が好きだったのです。広い桟橋に横づけになっている、大小さまざまの汽船が、なんだかなつかしくて仕方がなかったのです。
古めかしい西洋館の建並んだ町つづきに、汽車の駅のような建物があって、その広い待合室…