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入婿十万両
いりむこじゅうまんりょう
作品ID57538
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」 新潮社
1983(昭和58)年6月25日
初出「婦人倶樂部」大日本雄辯會講談社 、1936(昭和11)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-10-01 / 2022-09-26
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「――浅二郎」
「はい」
「今日もまた家中の若い奴等が何か悪さをしたそうではないか」
 矢走源兵衛は茶を啜りながら柔和な眼をあげて婿を見た。
「なに、つまらぬ事でござります」
「五郎兵衛が先だって練武堂へ誘い込んだうえ、厭がるものを無理に竹刀を持たせ、さんざんに恥辱を与えたと聞いたが――よく我慢をしてくれたの」
「どう仕りまして」
 浅二郎は色白の顔に静かな微笑をうかべながら、
「いずれも腕達者の方々、かえって良き勉強をいたしてござります」
「そう思って忍んでくれれば重々じゃ。――馬鹿な奴等めが、深い仔細も知らず、その方がただ商家の出だと云うだけの理由で小意地の悪い事をしおる、ましばらくの辛棒じゃ、よろず堪忍を頼むぞ」
「御心配をお掛け仕り、私こそ申訳ござりませぬ……」
 慎ましい婿の態度を、心地よげに見やりながら、ゆっくり茶を喫した源兵衛、やがてさりげない調子で、
「時にどうじゃ、娘は気に入ったか」
「……は?」
「娘不由、気に入ったかと申すのじゃ」
 浅二郎はさっと眩しげに眼を伏せた。
「勿体のうござります、分に過ぎましたお言葉、私こそ御家風に合わぬと」
「はぐらかしてはいかん――浅二郎」
 源兵衛は微笑しながら、「遠慮も良いが事と次第がある。分るか、ことに男女の仲というやつはそうだ、遠慮がかえって無遠慮になるという事もあるぞ」
「はい、――よく、承知いたしております」
「そうか、分っているならいい」
 源兵衛は頷いて、「ではもう寝むがよい、今宵はその方たち夫婦の寝所を奥へ移させた、当分のあいだそうするからそのつもりでの」
「――それは又……」
「何も申すな、わしの計いじゃ、行け」
 万事承知と云いたげな舅の笑顔を見て、浅二郎は返す言葉もなく部屋を出た。
 困った事になったと思った。奥の間と云えば次間のない部屋である。どうでも不由と褥を並べて寝なければならぬが、――できる事であろうか。
 婿に来て五十余日になるが、娘はかつて一夜も同じ部屋に臥すことを許さなかった。召使の者が並べて延べる夫婦の夜具を、いざ寝ると云う段になると、自分でさっさと隣室へ運び去り、間の襖を閉して寝息も聞かせまいとするのである。――御槍奉行、矢走源兵衛の一人娘として育ち、男勝りで、才智容色とも京極家随一と云われる不由の、高く持して抂げぬ強い気性には実際ちょっと手の出せぬ処があるのだ。
「弱った、また悶着だな――」
 呟きながら奥の間へ行ってみると、燈の側に不由が端坐していた。果して……澄透るような凄艶な顔に険しいものが見える、浅二郎は大剣を刀架へかけて静かに坐った、
「――浅二郎さま」
 不由は黒耀石のような眸子に、冷たい光をうかべながら向直った、
「これはどうした訳でござります」
「私は知らないのです……」
「お言葉にお気をつけ遊ばせ!」
 ぴしりと叩くように遮って、「何度も…

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