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いさましい話
いさましいはなし
作品ID57543
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」 新潮社
1983(昭和58)年4月25日
初出「講談雑誌増刊号」博文館、1950(昭和25)年2月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2019-10-01 / 2019-09-27
長さの目安約 76 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 国許の人間は頑固でねじけている。
 ――女たちがわるくのさばる。
 ――江戸からゆく者は三年と続かない。
 江戸邸ではもうずっと以前からそういう定評があった。また事実がいつもそれを証明してきた。特に若くて重い役に赴任したような者は、例外なしに辛きめにあうということだ。
 ――理由はいろいろあるだろうが、どこの藩でも、藩主は江戸うまれの江戸そだちであるから、自分が家督して政治を執るばあいには、しぜん身近で育って気心の知れた者を、重要な役につかいたくなる。これはどうしてもそうなりがちである。
 国許そだちの人間は性格がとかく固定的で、融通性に欠けている例が多い。環境が根づよい伝習でかたまっているためもあろう。暢気な者はばかばかしく暢気だし、偏屈な人間はしまつに困るほど偏屈である。
 ――この藩ではその点がことに際立っていた。おそらく気候風土の関係もあるのだろうが、一般に傲岸粗暴であり、きわめて排他的な気分が強かった。
 ――江戸の人間はふぬけで軽薄だ。
 ――人にとりいるのが上手だ。
 ――口さきがうまくて小細工を弄する。
 かれらはかれらでこう信じていた。そしてその信念を決して譲ろうとはしなかった。
 笈川玄一郎を送るために、親しい友達なかまで別宴を張って呉れたが、集まった七人のうち三人まで国詰になった経験があったから、話はしぜんその方面のことでもちきり、なかばからかいぎみの忠告や意見がしきりに出た。
「なにより困るのはすぐ刀を抜くことだ、議論に詰るとすぐ決闘だからな、絶えず決闘がある」
 萩原準之助が云った。
「――尤もどっちか少し傷がつくと、勝負あったでひきわけになるんだが、議論のほうもそのままひきわけだからね、結果としてはなんにもしなかったと同じなんだ」
「あれが自慢のお国ぶりなんだ、もっとも武士らしいやりかただと思ってる」
「もうひとつふしぎなのは女たちの威勢の強いことだね、威勢というより権力にちかいものだ」井部又四郎がそう云った。
「――夫人や令嬢たちが幾つも会をもっていて、音曲や茶や詩歌の集まりをするのはまあいい、堂々と男を客に招いて酒宴を催すのにはびっくりしたよ」
「おまけにあの傲慢な男たちがみんな一目おいているからね、道で上役の夫人などに会うとこっちから挨拶をする」
「それを怠るとあとが恐ろしいんだ」
 玄一郎は、苦笑しながら盃を取った。
「もうそのくらいで充分だ、あんまりおどかさないで呉れ」
「いってみればわかるさ」八木隼人がまじめな顔で云った、「――笈川の勘定奉行は近来にない抜擢だからな、国許ではきっとてぐすねをひいて待っているぜ」
「とにかく当らず触らず、見ず聞かず云わず、この五つを金科玉条にしてやってみるんだね」
 そしていけないと思ったら即座に辞任すること、病気とでも云ってすぐ江戸へ帰る、そのほかに手はないと口を揃えて云った。…

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