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石ころ
いしころ
作品ID57547
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十九巻 蕭々十三年・水戸梅譜」 新潮社
1983(昭和58)年10月25日
初出「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-07-11 / 2022-06-26
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ああ高坂の権之丞さまがお通りなさる、また裏打の大口を召しておいでですね、あの方のは大紋うつしでいつも伊達にお拵えなさるけれど、お色が白くてお身細ですから華奢にみえますこと。お伴れは三枝勘解由さまの御二男ですわ、お名はなんと仰しゃったかしら。それは紀久さまがご存じでございましょう。まあ悪いことを仰しゃるわたくし存じあげは致しませんですよ、それよりごらんあそばせ小山田さまの御老人が下腹巻でいばっていらっしゃいますわ。まあお髪の眼だって白くおなりなすったこと……
 晩秋の午後のひざしの明るい御隠居曲輪の繩屋の縁さきに出て、十人あまりの若い娘たちがさいぜんからかしましく囁き交わしていた。すでに葉の散りつくした桜の樹間ごしに、壕を隔てて向うがわの道をお城から下って来る侍たちがうち伴れて通るのが見える。かの女たちは今その人々を指しながら若い娘らしくそれぞれしなさだめに興じているのだった。松尾はそのなかまから離れて、独りでせっせと草鞋を作っていた。甲斐のくに古府城では、筋目ただしい家の娘たちが選まれて、代る代るお城へあがって草鞋を作ったり蓆を編んだりするならわしがあった。伝説によるとそれは、「信玄公の隠し草鞋」といって作りかたに特別な法があり、雪中を行軍するときなどその足跡によって軍の方向を敵に知られることのないように出来ている、それで筋目ただしい家の者が選まれて作るのだということだった。そうでないにしても年頃の娘たちに武者草鞋を作ったり軍用の蓆を編ませたりすることは、武家の女性としての鍛錬の意味だったことにまちがいはあるまい。それはまたかの女たちにとっても楽しいことのひとつだった。なぜかというと、武家の深窓に育てられてふだん世間に触れる機会がないから、おなじ年頃のものが集って見たこと聞いたこと、経験したあれこれを語りあうことによって世の中のうつり変りも知り、少し不行儀だがそこからは登城下城の侍たちの往来が見えるので、いつの合戦にこれこれの手柄をたてたのはあの若武者だとか、どこそこの陣で大将首をあげたのはあの人だとか、とりどりのうわさ評判をし合うのも娘ごころには秘やかなよろこびのひとつだった。……そういうなかで松尾ひとりだけはいつもなかまはずれだった。どんな話の相手にもならず独りでせっせと仕事に没頭していた。もともとそういうざわめいたことの嫌いな性質だったのだが、容姿が人にすぐれて美しかったのと、父の秋山伯耆守が侍大将として御しゅくん勝頼公の御寵愛人だったのとで、ほかの娘たちからは驕慢のようにみられていた。……お父上さまの御威勢が高いから。ご縹緻自慢でいらっしゃるから。……そんな言葉がときどき耳にはいってくる、けれど松尾はそれさえ聞かぬふりをしていた、そういう蔭口にはもう馴れていたのである。
「あら今あそこへいらっしゃるのは多田さまではございませんか、ご自分で馬の…

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