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おうまじるしはいしゃく |
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| 作品ID | 57553 |
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| 著者 | 山本 周五郎 Ⓦ |
| 文字遣い | 新字新仮名 |
| 底本 |
「山本周五郎全集第十九巻 蕭々十三年・水戸梅譜」 新潮社 1983(昭和58)年10月25日 |
| 初出 | 「講談雑誌」博文館、1944(昭和19)年2月号 |
| 入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
| 校正者 | 北川松生 |
| 公開 / 更新 | 2025-12-13 / 2025-12-13 |
| 長さの目安 | 約 43 ページ(500字/頁で計算) |
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一
土田源七郎が来たという取次をきいて、三村勘兵衛はうんと頷きながら口をへの字なりにひき結んだ。なにやら思い惑うといいたげな顔つきである、「うん……」もういちど頷いて天床をふり仰いだ、それから明けてある妻戸の向うの庭を見やった。すると庭はずれにある蔬菜畑でむすめの信夫がなにやらたちはたらいている姿をみつけたので、これまた慌てて眼をそらした。かたわらにいた妻のお萱は、そのようすを訝しそうに見まもっていたが、「いかがあそばしました、お会いなさいませんのですか」ときいた。「なに、ああ会う」勘兵衛はいそいで、「すぐにゆくから接待へとおしておけ……」取次の者にそう云って自分も立ちあがった。けれどもまだなにか心に決しかねるものがあるとみえ、屈託げに溜息をついたり、袴の襞を直したりした。そしてやがてふと妻のほうへふりかえり、にわかに思いついたという調子で、「どうだろう、あの鏡を源七郎に遣わそうと思うが……」と云った。お萱は良人を見あげたが、ああそのことだったのかと微笑した、「わたくしは結構に存じますが……」「信夫もいいだろうな」「それはもう申すまでもないと存じます」それならよいというように、勘兵衛は眉をひらきながらはじめてそこから出ていった。
土田源七郎は下腹巻のこしらえで円座の上にしんと坐っていた。額の秀でた浅黒い顔に意志のつよそうな唇つきが眼を惹く、二十六歳の逞しい筋骨はそれだけでも人を圧倒するようにみえるが、ぜんたいの感じは奥底の深い、しんとした風格に包まれていた。「好日でございます」源七郎の会釈に答えて、「ようまいった」といいながら勘兵衛は座についた、そしてそれなり言葉が絶えてしまった。源七郎はじっと襖のほうを見まもっているし、勘兵衛は膝の上で両のこぶしを代るがわる撫でている、しかし心の内では、――さあどうした、早くしないとまた折をのがすぞ、そういって自分を唆しかけているのである。ひとくちに云えば、かれはむすめの信夫を源七郎の嫁に遣りたいのである、源七郎は榊原康政の家来でその旗まわり十騎のひとりに数えられているし、またかれには甥に当っていた、つまりお萱の兄の三男であった、ゆかりも浅からぬうえに人柄もたのもしく、これこそ信夫の良人にとはやくからきめていたのだが、相手が無口であり勘兵衛がそれに劣らぬ口べたで、……今日こそと思いながら、つい切りだす折を得ないで来た。それなら仲人をたのめばよいわけだけれど、勘兵衛はどうしてもじかに話をきめたかった、「貰ってくれるか」「頂きましょう」そういうはっきりした約束を自分でとり交わしたかったのである。……相対して坐ったままかなりほど経てから、「じつはこのたび出陣いたします」と源七郎がようやく口を切った、「……先手組の番がしらに取立てられまして、こんにちこれより掛川城までくだります」「ほう、先手の番がしらか……」勘兵衛は眼をみは…