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追いついた夢
おいついたゆめ
作品ID57554
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十三巻 雨あがる・竹柏記」 新潮社
1983(昭和58)年11月25日
初出「面白倶楽部」光文社、1950(昭和25)年11月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2021-03-08 / 2021-02-26
長さの目安約 42 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 娘は風呂桶から出るところだった。
「どうです、いい躰でしょう旦那」
 おかみは嗄れた声でそっと囁いた。
「あれだけきれいな躰は千人にひとりもありやしません、こんな商売をしているから、ずいぶんたくさん女の躰を見てますがね、ああいうのこそほんとの餅肌とか羽二重肌とか云うんですよ、あれだけの縹緻だし肉付きもいいし、……まあよく見て下さい。これが気にいらなかったら罰が当りますよ」
 そう云っておかみは去っていった。此処は行燈部屋のような暗い長四畳で、壁の一部に二寸角の穴が切ってあり、黒い紗が二重に張ってある。向う側はそこだけ横に黒い砂ずりになっているから、こちらで燈でもつけない限りまったくわからない。和助はその紗へ顔を押しつけるような姿勢で、風呂場の中をじっと見まもった。
 娘の名はおけい、年は十七だという。小づくりの緊った躰つきで、着物を着ていたときとは見違えるほど肉付きがいい。殊に胸のふくらみと腰の豊かな線とは、年より遙かに早熟た唆るようなまるみをもっている。湯に温められた肌は薄桃色に染まり、それをぼうと光暈が包んでいるようにみえた。
 ――いい躰だ。これまで見たなかでは慥かに群をぬいている。
 彼はこの尾花屋でもう七人もこういう娘に逢った。こっちで出した条件がいいから相当よく選んだのだろう、なかに三人ばかりは惜しいようなのがいた。しかし彼はいそがなかった。すべての点で自分の好みに合う者、これなら満足だといえる者がみつかるまでは折合わないつもりだった。……その八人めがおけいで、今日は二度めであるが、四五日まえ初めて逢ったとき、だいたい気にいって、今日こうして躰を見る段取りになったのである。
 娘は糠袋で頸から胸、腹から腿へと洗いながら、また湯を汲みに立ったりして、前後左右いろいろな角度と姿勢をこちらへ見せた。ことによるとおかみに云い含められたのかもしれない、それともまったく無心にそうするのか、ともかく躰の緊張した線や、まるみや厚みや、豊かなふくらみが、伸びたり盛りあがったり、柔らかくくびれたりするのを残りなく見ることができた。そしていかにもそれは美しかった。立ち跼みのときなど、かなり不作法な線が現れるのだが、それが少しもいやらしさやみだらな感じを受けなかった。十七歳という年齢のためでもなく、男を知らないためでもなく、なにかまったく別な理由、……云ってみれば芯にある浄らかさ、生れつきのつつましさがあらわれているようであった。いつまでも汚れることのない、単純で美しい性質のためのようであった。
 ――千人にひとりもないというのは本当かもしれない、慥かにほかの女たちとは違う、ほかの女たちに無いなにかがある。
 和助はこう思いながら、早くもそれを馴らしめざめさせてゆく空想に憑かれ、われ知らず深い溜息をついたが、やがてみれんらしくそっとそこを離れた。……彼はおかみの…

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