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足軽奉公
あしがるほうこう
作品ID57555
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十九巻 蕭々十三年・水戸梅譜」 新潮社
1983(昭和58)年10月25日
初出「講談雑誌」博文館、1945(昭和20)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-05-27 / 2022-04-27
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「なんだあの腰つきは、卵でも産もうというのかね」
「向うの男は餌差が鳥を覘っているようだ、それ、よく見当をつけろ」
「ああ外してしまった」
「まるでへた競べだねこれは」
 右田藤六は思わずにっと笑った。足軽なかまの下馬評はなかなか穿っている、卵でも産みそうな腰つきとか、餌差が鳥を覘っているようだとか、みんないかにも適評で叱ることもできない。――それもその筈だ、ここにいる足軽たちの中には、かれらより数等も腕の立つ者がいるんだから。そう考えるともう見ている気もなくなり、
「あんまり悪口を云うと聞えるぞ」
 と云ってかれは蓆から立上った。
「……それよりもうすぐ終るだろうから後片付けの手配でもするとしよう」
「けれどもお小頭」
 と、若い足軽のひとりが立って来て云った。
「……このままでは我慢できませんね、たとえ士分の者と試合ができないにしても、足軽は足軽同志でやるにしても、来年はぜひ試合に出られるようにして頂きたいものです、あんまりひどすぎますよ」
「そうだ」
 と、別のひとりもそれにつけて、
「……武芸には士分と足軽の差別はない筈だ、われわれの腕をみれば少しはかれらも奮発する気になるだろう」
「そんな望みは木によって魚を求めるようなものだ」
 藤六は低くそう答えた。
「……これがせめて戦国の世なら、おれたちの腕の見せどころもあるのだが、こんな時代ではどうしようもない、まあ眼をつむって我慢するんだ」
 そして幕張の外へ出てしまった。
 岩代のくに三春は名駒の産地として名が高い、そのときの藩主は秋田信濃守頼季であったが、領内の産馬を陣立ての主軸に置き、中でも槍騎兵というものが特に重んぜられていた、これはかつて武田晴信のもちいた銃騎兵に比すべきもので、敵の前線を馬で突破し、一挙に内陣を攪乱する奇襲隊の役である、したがって家中では槍術が旺んにおこなわれた、それも騎乗と徒とを兼ねる秋田家独特の技法があり、横井大学という藩士が師範として、統一した稽古をつけていたのである。……しかし時代は正徳から享保に及んで、泰平の世相はさむらいの気節をも毒し、
「どうせ戦場に出るでもなし」
 という投げた気持から、稽古もお役目になり一般の腕も低下してゆくばかりだった。全部がそうでないにしても、士風がそのように弛廃してゆく事実は否定しがたい、これではならぬと思う者もあったろうが、時の勢いに抗してまで起つ者はなかった。……右田藤六は親の代からの足軽で、二十歳のときその小頭を命ぜられ、「気骨者」としてなかまの衆望を集めていた。
 かれの住んでいる長屋は、槍術の師範をする横井大学の屋敷に近く、大学の子の横井鉄之助とは幼少の頃から往来した縁で、十五歳のときその道場に入門をゆるされ、現在では師範の大学とさえ対等で勝負のできる腕になっていた。かれは自分が修業を励むかたわら、なかまの足軽たちにも少…

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