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榎物語
えのきものがたり
作品ID57561
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十九巻 おさん・あすなろう」 新潮社
1982(昭和57)年6月25日
初出「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-10-23 / 2022-09-26
長さの目安約 68 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 さわが十三になった年、国吉が下男に来た。国吉は十五歳で、よく働く少年だったし、二年のち、二人は愛し合うようになった。
 さわの父は河見半左衛門という。母の名はわか。さわの下に一つ違いの妹なかと、その三つ下に丈二という弟がいた。河見家は七代まえに苗字帯刀をゆるされ、代々七カ村の庄屋を勤めていた。「榎屋敷」と呼ばれるその家は葉川村の段丘の上にあり、ほぼ南北にのびる越後街道と、魚野川が眺められ、白い土塀をまわした広い屋敷の東南の隅に、樹齢五百年以上といわれる榎が、ぬきんでて高く梢を伸ばし、枝をひろげていた。
 葉川村は越後のくに小出の郊外で、越後街道に面し、また会津若松へ通ずる六十里越えの山道が、うしろにのびていた。街道を往き来する人たちや、六十里越えをする人たちにとって、河見家の大榎は眼じるしの一つであり、それが見えると、ようやく小出の宿の近いことを知り、あるいは名残りであることを知るのであった。
 小出は会津藩に属し、その代官所がある。絹と木材の集散地で、河見家でも広い木山を持っているため、庄屋のほかに藩の山方の差配を命ぜられてい、屋敷のまわりには樵たちの長屋があった。――国吉はその長屋で生れた。父は善吉といい、河見家の樵がしらで、妻とのあいだに六人の子があり、国吉はその四番めの二男であったが、国吉が五歳の年、善吉は半左衛門に土地を買って貰い、蒔田という村で百姓になった。善吉は青年になるまで百姓をしてい、それから河見家の樵になったのだから、彼自身は帰農というわけであるが、妻や子供たちには馴れない仕事であり、環境もいっぺんに変ったため、新しい生活にはなかなかなずめなかった。国吉は特にのら仕事が嫌いだったらしく、十五になるとすぐ、すすんで河見家の下男に住み込んだ。
 さわは躯がひよわく、縹緻もあまりよくなかった。河見家の長女でありながら、そういったおうようさもなく、いつもどこかの隅か、人のうしろに隠れているというようすであった。父の半左衛門は「まるで貰われて来たような」おかしな子だ、と云っていた。――妹のなかは姉とはまったく反対で、姿かたちも美しいし愛嬌もあり、頭がよくてすばしこくって、小さいじぶんからにんき者であった。――なかにはこういう逸話がある、彼女が六歳のとき、小出から代官を招いて饗応した。これは殆んど毎年の例なのだが、なかは代官とその下役たちが接待されるのを眺めていて、なにを思いついたものか、仏間から小さな本尊仏を持ち出して来、それを代官に示して「これはなんという物ですか」と訊いた。主人役の半左衛門や、接待していた人たちが、驚いてとめようとしたが、なかのすばしこさに、それもまにあわなかった。
「そうさな」と代官は本尊仏を見て、仔細らしく答えた、「阿弥陀さまのようだが、それともお釈迦さまというかな」
「違います」となかが云った、「これは木を彫って色…

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