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女は同じ物語
おんなはおなじものがたり
作品ID57562
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十五巻 三十ふり袖・みずぐるま」 新潮社
1983(昭和58)年1月25日
初出「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1955(昭和30)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2022-09-11 / 2022-08-29
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「まあ諦めるんだな、しょうがない、安永の娘をもらうんだ」と竜右衛門がその息子に云った、「どんな娘でも、結婚してしまえば同じようなものだ、娘のうちはいろいろ違うようにみえる、或る意味では慥かに違うところもある、が、或る意味では、女はすべて同じようなものだ、おまえのお母さんと、枝島の叔母さんを比べてみろ、――私は初めはお母さんよりも、枝島の、……いや、まあいい」と竜右衛門は云った、「とにかく、私の意見はこれだけだ」



 梶竜右衛門は二千百三十石の城代家老である、年は四十七歳。妻のさわは四十二歳になり、一人息子の広一郎は二十六歳であった。梶家では奥の召使を七人使っていた。これは三月から三月まで、一年限りの行儀見習いで、城下の富裕な商家とか、近郷の大地主の娘たちのうち、梶夫人によって、厳重に選ばれたものがあがるのであった。――その年の五月、梶夫人は良人に向って、新しい小間使のなかのよのという娘を、広一郎の侍女にすると云った。竜右衛門は少しおどろいた、未婚の息子に侍女をつけるというのは、武家の習慣としては新式のほうであるし、従来の妻の主義からすれば、むしろ由ありげであった。
「しかし」と竜右衛門は云った、「それは安永のほうへ聞えると、ちょっとぐあいが悪くはないかね」
「どうしてですか」
「むろんそんなことはないでしょうが」と竜右衛門は云った、「一郎はもう二十六歳であるし、若い娘などに身のまわりの世話をさせていると、万一その、なにかまちがいでも」
 さわ女は「ああ」と良人をにらんだ。
「あなたはすぐにそういうことをお考えなさるのね」と彼女は云った、「きっとあなたはいつもそんなふうな眼で侍女たちを眺めていらっしゃるんでしょう、若い召使などがちょっと秋波をくれでもすると、あなたはもうすぐのぼせあがって」
「話をもとに戻そう」と竜右衛門は云った、「なにかそれにはわけがあるんですか」
「わたくしが仔細もなくなにかするとお思いですか」
「それもわかった」
「広さんは女は嫌いだと云い張っています」とさわ女は云った、「安永つなさんという許婚者があるのに、女は嫌いだと云って、いまだに結婚しようとはしません、これはわたくしたちがあまり堅苦しく育てたからだと思います」
「そういうことですかな」
「そういうことですかって」
「あとを聞きましょう」と竜右衛門は云った。
「どうか話の腰を折らないで下さい」
「そうしましょう」
「それで、つまり――」とさわ女は云った、「ひと口に申せば、きれいな侍女でも付けておけば、広さんももう二十六ですから、女に興味をもつようになるかもしれないでしょう、いくら堅苦しく育っても男はやはり男でございますからね」
 竜右衛門は心のなかで「これは奸悪なるものだ」と呟いた。
「なにか仰しゃいまして」
「いやべつに」と竜右衛門が云った、「あとを聞きましょう」
「あ…

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