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思い違い物語
おもいちがいものがたり
作品ID57569
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十三巻 雨あがる・竹柏記」 新潮社
1983(昭和58)年11月25日
初出「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2021-01-01 / 2020-12-27
長さの目安約 91 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一の一

 典木泰助が来たときは誰もさほど気にしなかった。江戸邸から人が来るたびに警戒的になる一連の人たちは、こんども初めはびくりとしたようである。しかし二十日ばかりするとかれらは祝杯をあげた。よほど疑いぶかい者でさえも、多少は含みのある調子で、
 ――まあ、よしんばそうだったとしてもあの男ならまあさして心配はないだろう。
 こう云ったくらいであった。
 泰助を寄宿させたのは山治右衛門である。彼は九百二十石の中老で年寄役を兼ね、昔は無鉄砲な強情者と定評があった。先代の殿さまは長門守知幸といって、これもずいぶんと我の強い人だったが、なにか右衛門に対して心残りなことがあったとみえ、もはや御臨終というばあいに及ぶと――山治をへこませることができなかったのは今にしては無念である。こういうことを口外されたそうである。このことは右衛門の耳に伝わったらしい、そして彼は臣下としてかなりまじめに反省し、自分の性行を撓めなおすことに努めた。そこには少なからぬ苦心があったと思うが、現在では穏やかな渋い人格を身につけ、どちらかといえばがまん強い人の部類にはいっている。……そのためかもしれないが、右衛門は泰助については満足していると云った。妻のみね女もそれに異存はないらしかった。またかれらには二人の娘がいて、姉の千賀は十八歳、妹の津留は十七歳になるが、この娘たちも幾らか保留的に同感の意を表した。
「本当に温厚なおちついた方ですわ」
 姉の千賀は含羞みながらこう云った。
「どんな大事な物でも安心して預けられる方らしいわ」
 妹の津留は含羞まずにそう云い、それからちょっと視点を斜にしてから付け加えた、「そしてとッてもうまく静ウかにくしゃみをなさるわ」
 平穏な日々が続いた。
 泰助は寄合格で奉行総務という職に就き、山治家と城とを毎日ごく精勤に往復した。藩の人事異動に警戒を怠らない一連の人々は、泰助と接するにつれて自分たちの安全を確認し、ほどなく彼を無視するようになった。……この「一連の人々」というのは、領内の農工商業を管掌する関係役所の者、つまり勘定、納戸、作事、収納、普請など、各奉行所の主事支配といった人たちで、要するにその担当する事務上かなり多額な特別収入があり、その利得を守るために連合協力しているわけである。こんな事はいつの世どこと限らず、およそ「役所」があり「役人」がいる以上は必ず付いてまわるし、そこはどうもやむを得ないものらしいが、……そういう実情からして、江戸邸から誰か転任して来る者があると、かれらはまず検査官ではないかと疑い、相当以上やきもきするわけであった。
 山治家においても日々は平安であった。妻女と姉娘とは掛って泰助の世話をし、将来についての微妙な予想を楽しんでいた。なぜかというと、姉妹のどちらかがやがて泰助と結婚することになっていたから、……そして妹は早くも棄権し、…

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