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金五十両
きんごじゅうりょう
作品ID57577
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十巻 晩秋・野分」 新潮社
1983(昭和58)年8月25日
初出「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2022-01-07 / 2021-12-27
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 遠江のくに浜松の町はずれに、「柏屋」という宿があった。
 城下で指折りの旅館「柏屋孫兵衛」の出店として始まり、ごく小さな旅籠だったのが、ちょっと変った庖丁ぶりの料理人がいて、それが城下の富商や近在の物持たちのにんきを呼び、しぜんと料理茶屋のようなかたちになってしまった。
 見つきは軒の低い古ぼけた宿だが、奥には二階造りに離屋の付いた建物があり、女中たちも若い綺麗なのが十人あまりいた。
 ……梅雨どきの或る暮方に、どうして紛れたか一人のみすぼらしい旅人がこの柏屋へ草鞋をぬいだ。
 ばかに客のたて混む日だったし、雨の黄昏どきで番頭も女中も気がつかなかった、旅人のほうでも見つきで入ったものらしい、客がひと退きしたあと、お時という女中がみつけて帳場へ知らせた。
 そこで番頭がいって、ここは旅籠はしていないからどこか他の宿へ移って呉れと云ったが、云い方が悪かったのか相手はひらき直り、御宿という看板を見て入ったのだし、いちど上げて置いて出ろという法があるか、梃でも動かないからとあぐらをかかれ、始末に困って番頭はひき下った。
「いったい誰が上げたんだ」
「あたしはずっと魚庄さんのお座敷にいたから知らなかった」
「あたしも気がつかなかったわね」
 そんなことを云い合っているところへ、お滝という女中がしらが来て、
「なにかあったのかえ」と口をはさんだ。
 それまで離屋の客に付いていて、知らなかったのである。話を聞くといつもの癖のふんと鼻を鳴らせて、お膳は持ってったのかと訊いた。
「気がつかないけれど、まだでしょう」
「それで手を鳴らさなかったのね」
 お滝はちょっと眉をひそめたが、
「……いいよ、あたしが後でなんとかするから、お時さんおまえお膳だけでも持ってっといてお呉れ、お酒を一本つけてね」
 こう云ってまた離屋へ去った。
 受持の客を送りだしたのが九時過ぎ、ちょっと鏡を覗いてから、酒をもう一本持ってお滝はその部屋へいった。
 ……客は二十五六の痩せた貧相な男だった、木綿縞の着物も角帯もしおたれているし、開けてない両掛が投出してあるところをみると、着替えはもちろんろくな持物はないらしい、血色の悪い顔に眼ばかり神経質な光りを帯びていた。
「お愛相がなくって済みませんでした、熱いのを一つどうぞ」
 お滝はこう云いながら膳の脇に坐った。
「まえには旅籠をしていたんですが、二三年あとからこんな風に変ったんですよ、気を悪くなすったでしょうが堪忍して下さいましね」
「旅籠をよしたんなら、御宿という看板を外すがいいんだ」
「それはそうなんですが、いまお茶屋は御禁制になってるもんですからね、それに場所が場所で旅の方なんかのいらっしゃることはないし、……お一ついかが」
「これで貰おう」
 男は汁椀の蓋を取って差出した。
「この家がそういう仕掛になっているならこっちも気は楽だ、もっとも…

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