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改訂御定法
かいていごじょうほう
作品ID57585
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十九巻 おさん・あすなろう」 新潮社
1982(昭和57)年6月25日
初出「文藝朝日」朝日新聞社、1962(昭和37)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-10-26 / 2022-09-26
長さの目安約 60 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「だんだんお強くなるばかりね」
「そう思うだけさ」
「初めのころはいつも二本でしたわ」
「嫌われたくなかったんだろう」
「うまいこと仰しゃって」河本佳奈は上眼づかいに彼をにらんだ、「それならいまは嫌われてもいいんですか」
「それほどの自信もないね」と云って中所直衛は佳奈の膳を指さした、「肴がさめてしまうよ」
「お給仕をしたり喰べたり、そんなきような芸はできません、お酒が済んだらごいっしょにいただきます」
「だんだん昔の生地が出るな」
「なにがですか」
「磯村へいってからはおしとやかになっていたじゃないか、眉を剃った顔をいつもうつ向けにして、俯し眼づかいで、立ち居もおっとりとしなやかで、大助になにか云うにもあまったるい、蚊の鳴くような声をだしていたのにな」
「もの覚えのおよろしいこと」
「あのおてんばな佳奈が、人の女房になるとこんなにも変るものかと」
「思いもしないくせに」佳奈はまたにらんで云った、「わたくしが磯村へとついでから、あなたがいらっしたのはたった三度よ、それも一度は磯村の葬礼のときでしょ、わたくしがあまったるい声をだしたかどうか、そんなことがあなたにわかるものですか」
「もの覚えがいいんでね」
「あなたこそ昔どおりよ、ほかの人にはやさしいのに、わたくしに向うと意地わるばかりなさる、直衛さまはしんから佳奈がお嫌いなんだって、小さいときから幾たび思ったかしれませんわ」
「それでも嫁には来る気になった」
「来いと仰しゃったのはあなたよ」
「礼を云うのがおくれたかな」
 佳奈は直衛の顔をみつめ、どうしようもないというふうにかぶりを振った、「――どうしてあなたはそう、わたくしだけに意地わるを仰しゃるの」
「嫌いだから、だろうね」直衛は笑いもせずに盃をさしだした、「手が留守だよ」
 これは春の終るころ、二人の縁談がまとまった二十日ほどのちのことであった。中所直衛も結婚した妻に死なれ、佳奈も磯村大助に嫁して二年、良人に死なれて実家へ戻っていた。佳奈の兄、河本宗兵衛が直衛と古くから親しいばかりでなく、両家は相互にしげしげと往来し、殆んど親族以上のつきあいを続けてきた。直衛と佳奈は周囲の人たちに、初めから結婚するものと思われていたが、当代の藩主になって御定法の改廃が行われたとき、直衛が頑強に反対し、そのため甲斐守教信に疎まれて、御代代実録という、藩史編纂の頭取に左遷された。中所はこの藩の筋目の家で、祖父の三衛は城代を勤め、父の兵衛は二十九歳から四十一で死ぬまで、名君といわれた先代、信濃守教員の側用人を兼ねていた。直衛は十八歳で家督をし、二十三歳で「連署」になった。これは家老になる序席なのだが、二年のちに藩法改新の問題がおこり、閑職に追われてしまったのであった。
 河本家は四百石の大寄合であるが、宗兵衛は三年まえから町奉行を勤めている。としは直衛と同じ三十二歳、…

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