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菊千代抄
きくちよしょう
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」 新潮社
1983(昭和58)年4月25日
初出「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2020-06-22 / 2020-05-27
長さの目安約 74 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生れた。母は松平和泉守乗佑の女である。貞良は雁の間詰の朝散太夫で、そのころ寺社奉行を勤め、なかなかはぶりがよかった。
 巻野家の上屋敷は丸の内にあったが、菊千代はおもに日本橋浜町の中屋敷か、深川小名木沢の下屋敷でそだてられた。養育の責任者は樋口次郎兵衛といい、もと次席家老を勤めた謹厳でしずかな老人だった。身のまわりのせわは松尾という乳母がした。彼女は木下市郎右衛門という軽い身分のものの娘で、いちど物頭の屋代藤七へ嫁したが、二年めに子を産むとまもなく死別してしまった。そのときはすでに菊千代の乳母にあがっていたので、以来ずっと側をはなれず仕えとおした。
 父の貞良は月に五たびくらいは欠かさず会いに来た。髭の濃い、眼の大きな、こわいような顔で、背丈の五尺八寸あまりもある、躯つきの逞しい人だったが、口のききぶりはしずかでやさしく、笑うと濃い口髭の下にまっ白なきれいな歯が見え、片方の頬にえくぼができる。いかにも穏やかな温かそうな笑い顔で、これには誰もがひきつけられずにはいられなかったようだ。
 会いに来ると、父は菊千代を前に坐らせてたのしそうに酒を飲んだ。その席には給仕のために少年の小姓を二人、それと乳母の松尾しか近よせなかった。またどんな急用があっても取次ぎは禁じられていた。……まだ菊千代が乳母の手に抱かれているじぶんから、貞良はしきりに酒を飲ませた。三つ四つになると膳を並べさせ、「さあ若、ひとつまいろう」などとまじめな顔で盃を持たせたりした。
 母にはごくたまにしか会わなかった。一年に三回か五回くらい、必要のある式日に上屋敷へゆくので、そのとき会うわけであるが、菊千代はあまり母が好きではなかった。髪毛が重たそうにみえるほど多く、頬がこけて、あとで聞くと病身だったというが、いつも沈んだ顔つきで、菊千代をいつも可愛がって呉れるようなことはなかった。むしろ菊千代の姿を見るのがつらいような、眼をそむけたいといったふうなようすさえ感じられた。
 ――そうだ、母にはつらかったのだ。
 ずっとのちになってそう気づいたが、当時はなにも知らなかったので、こちらでもあまえる気持などは起こらず、挨拶をしてほんの暫くいるだけでも気づまりなくらいだった。
 自分のからだに異常なところがあるということを、初めて知ったのは六歳の夏であった。そのまえの年から遊び相手として七人ばかり、家中の同じとしごろの子供が選まれて来た。これらのうちはっきり覚えているのは、僅かに左の三名だけである。
庄吾満之助  中老角左衛門の三男
巻野 主税  別家遠江守康時の五男
椙村半三郎  側用人半太夫の二男
 そのほかには「赤」とか「かんぷり」とか「ずっこ」などいうあだ名が記憶にあるが、その意味もわからないし、顔かたちもたいてい忘れてしまった。
 さて六歳のときのことである…

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