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其角と山賊と殿様
きかくとさんぞくととのさま
作品ID57593
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」 新潮社
1983(昭和58)年6月25日
初出「キング」大日本雄弁会講談社、1934(昭和9)年2月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者きゅうり
公開 / 更新2021-04-10 / 2021-03-27
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 その頃榎本其角は、俳友小川破笠と共に江戸茅場町の裏店に棲んでいた。
 芭蕉の門に入ったばかりで、貧窮のどん底時代だった、外へ出る着物も夜の衾もひと組しかなく、それを破笠と共同で遣っている有様だった。
 同門の親友、服部嵐雪は、その時分井上相模守に仕えていたから、其角の貧乏を心配して、絶えず金や衣服を調達してやるのだが、性来酒好きな上に恬淡な其角は、たちまち何もかも酒に代えてしまうのだった。
 或時、其角の貧乏を聞かれた井上相模守侯が、
「榎本にも邸へ出入をするよう、言ってみたらどうか」
 と嵐雪に相談した。勿論、嵐雪は非常に悦んで、すぐに茅場町へとんで行った。ところが其角は一向に嬉しくなさそうで、
「まあお断りをしよう」
 と言う。
「何故だ、こんな貧乏が続いては、ろくな勉強もできぬではないか」
「ばかなことを――、天地自然が金で購えるか、春秋四季変化の妙諦を極めるのに、貧乏で悪い理由はあるまい、それに」
 と其角は苦笑しながら、
「私は大名の為に俳諧をよむのは御免だ」
「――――」
 嵐雪もそう言われては致方がないので、侯の邸へ帰ってその通り復命した。井上侯はもとより蕉門の俳諧に通じ、芸道に理解のある人であっただけ、其角の言葉がかちんと癇に障ったらしい、
「そうか、大名の為に俳諧はせぬと言ったか――」
 と少々不愉快な顔をした。
 そんな事があって間もなく、深川松川町の佐野屋喜左衛門という材木問屋の隠居所で、俳諧の催しがあるのに其角は招かれた。喜左衛門は似相という俳号をもって、蕉風の俳諧では、すでに旦那芸の域をぬきんでていた。
 興行は七つ(午後四時頃)から始まって夜の五つ(午後八時頃)に終り、それから酒が出たので、其角が佐野屋の邸を辞したのはもう四つ(午後十時頃)を過ぎた時分だった。
「駕籠を雇いましょう」
 と喜左衛門がすすめるのを断って、
「春寒の夜風で、酔を醒ましながら参るのも妙でしょう」
 そう言って外へ出た。
 浅春二月中旬の、どこかうるんだ空に、もうろうと薄月がかかっていたし、川面を吹渡ってくる風も、潮の香を含んで快かった。歩きだしてから却って酔を発した其角は、相川町を右に折れて、蹣跚と蜆河岸へさしかかった。すると片側町の暗がりから、
「待て待て、町人待て!」
 と声をかけられた。吃驚して振返ると、手に手に大刀を抜いた五六人の覆面の武士が現われ、ばらばらと其角を取囲んだ。
「何か御用か」
 其角も若かったし、未だ酔が充分に廻っているから、弱味を見せまいとして、傲然と相手を見廻しながら言った。
「ふふふふ大分強そうな口を利くな、如何にも御用だ、気の毒だがここへ通り合せたのが貴様の不運、身ぐるみ脱いで置いて行け」
「文句を吐かせば遠慮なく斬って棄てるぞ、早く裸になれ!」
 一人が白刃で其角の頬をぴたぴたと叩く、其角すっかり毒気をぬかれたが、
「…

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