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艶書
えんしょ
作品ID57598
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十五巻 三十ふり袖・みずぐるま」 新潮社
1983(昭和58)年1月25日
初出「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2022-07-16 / 2022-06-26
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 岸島出三郎はその日をよく覚えている。それは宝暦の二年で、彼が二十一歳になった年の三月二日であった。よく覚えている理由は一日に二つの出来事があったからで、その一つは道場の師範から念流の折紙をもらったこと、他の一つは新村家の宵節句に招かれたこと、そうしてその宵節句の席で、彼は(不明の人から)艶書をつけられたのであった。
 岸島の家は老職で、代々「加判」という役が世襲になっている。一般に「加判」は老職連署のことであるが、この藩では監査という含みがあり、公文書を検討しこれを認証する意味をもっていた。それも近来は形式的な役目になっているが、事のあった場合には責任を問われるので、まるっきり閑職というのでもなかった。――三男はたいてい暴れん坊と定っているようだが、出三郎は幼いころからのんびりしたおとなしい子であった。長兄の和兵衛は短気だし、次兄の林二郎は癇癪持ちで、二人はたえまなしに喧嘩していた。おもしろいのは父の元右衛門も強情で一徹だったから、しばしば喧嘩は三人に発展する。父子三人がまっ赤な顔になり、唾をとばしてわめきあったりどなりあったりする。なかなかの壮観であるが、三男の出三郎だけは決してそのなかまに加わることはない。彼は脇のほうで黙って、びっくりしたような眼つきで眺めているばかりだった。
 ――生きているのか死んでいるのかわからないやつだ。
 父の元右衛門はよくそう云って舌打ちをした。すると母のかな女は悲しげに云うのであった。
 ――こんなにおとなしいのは一生部屋住みでいるように生まれついたからではないでしょうか、わたくしにはそんなふうに思えて、可哀そうでしようがございませんわ。
 母親の予感というものはばかにならない。次兄の林二郎は十五歳のとき原田又左衛門へ養子にいったが、出三郎には思わしい縁もなく、二十一歳という年を迎えてしまった。
 そのまえの年、宝暦元年(十月改元)の二月に長兄が結婚し、同じ十月に父が病死した。それを機会に出三郎は母屋から出て、邸内の別棟の住居に移ったのであるが、それはもと足軽長屋だったのを建て直したもので、八帖と六帖に長四帖の板の間があり、勝手もついていた。うしろには井戸、井戸端からすぐ向こうに隣りの新村邸の生垣が延びていて、新村家じまんの梅林がよく見えた。――彼はむろん炊事はしない。三度の食事や茶には母屋から知らせに来る。朝食がすむと弁当を持って、立志館という藩校と、求真堂と呼ばれる念流の道場へ通い、また兄の用事を手伝うというのが日課である。もっとも兄の用事は公務多忙のときで、これは年に二三回のことにすぎなかったが、――
 さて彼は三月二日に、求真堂の師範から流儀の折紙をもらった。もらわずに終わる者よりましだろうが、二十一歳という年では決して早くはない。師範はそのとき次のようなことを云った。
「そのもとは精勤であるし、手筋も晩成…

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