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紅梅月毛
こうばいつきげ
作品ID57605
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十九巻 蕭々十三年・水戸梅譜」 新潮社
1983(昭和58)年10月25日
初出「富士」大日本雄辯會講談社 、1944(昭和19)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2026-02-01 / 2026-01-31
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 慶長十年二月はじめの或る日、伊勢のくに桑名城のあるじ本多中務大輔忠勝の家中で、馬術に堪能といわれる者ばかり十六人が城へ呼ばれた。深谷半之丞もそのひとりだった、かれが登城して遠侍の間へはいると、そこにはもう殆んどみんな集って、さかんに馬のはなしをしているところだった、それでかれはいつものように片隅へ坐って、黙って人々のはなしを聴いていた。
「馬についてはわれらの殿にたくさん逸話がある」松野権九郎がそう云いだした、「小牧山の合戦のときだったが、永井与次郎どのが乗り損じて落馬した、馬はそれてとびあがりとびあがり敵のほうへと奔ってゆく、永井どのはすぐ追いかけたが徒だちだからとても及ばない、と見るなり、殿は御乗馬にひと鞭あてて永井どのを追いぬき、それ馬をひっしと敵勢の中へ追いこんだうえ取り戻しておいでになった」「そうだ、あのときは敵兵も歯噛みをして、憎き本多がふるまいかな、とずいぶん口惜しがったそうだ」「また関ヶ原のときにもある」権九郎はつづけて云った、「九月十五日の戦はお旗まわり四百騎の少数で先陣をあそばされたが、一戦のはじめに流れ弾丸で御乗馬が斃された、お乗り替はない、どうなさるかと思ったら、殿には傍にあった石へ悠然とお腰をかけてしまわれた。箭弾丸の飛んで来る戦場のまん中で、こう……悠然と石に腰をかけて待っておいでになる、そこへ井伊どのの老臣で木俣土佐という者が馬を煽って来た、殿には大音に呼びとめて、――馬を貸し候えと仰せられたが、相手も合戦のまっただ中で馬をゆずるわけにはいかない、お貸し申すこと相かなわず、と答えていってしまった、五人までそうやってお呼びとめあそばしたそうだ、あとで将軍家(家康)が、足でも萎えたか、とお笑いなされたら、『足は萎えませぬが平八郎忠勝ともあるものが徒だちの戦をしては御名にかかわりまするので』とお答え申上げられたとのことだ」「そのとき殿がお呼びとめあそばした者のなかに深谷半之丞もいたんだ」田中善左衛門という者がそう言葉を[#挿絵]しはさんだ、「かれも殿にその馬貸せと呼びとめられた、ところがかれは見向きもせず、御免候えと云ったきり駆け去ってしまった」「いや、あれにはわけがある、あのとき深谷は敵の侍大将を追い詰めていたんだ」「そうだ、鷲津対馬をひっしと追い詰め、馬を合わせたとみるなり一槍で突き落した、実にあざやかな突きだった、なにしろあれはお旗まわり随一の兜首だったからな」「そのとき深谷どのの乗っておられたのは名馬だったそうですね」若侍のひとりが下座のほうからそう訊ねた、「たいそう珍しい毛並だったそうですが」「あれは紅梅月毛というのだ」渡辺弥九郎がひきとって答えた、「月毛というのは元来はつきという鳥の羽色からきたもので、今の鴇色のちょっと濃いのをいうのだが、深谷のはそれに紅をかけたような毛並だった、いまそこで云うように鷲津との一戦は…

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