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源蔵ヶ原
げんぞうがはら
作品ID57611
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十九巻 おさん・あすなろう」 新潮社
1982(昭和57)年6月25日
初出「週刊文春」文藝春秋新社、1962(昭和37)年12月17日号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-10-29 / 2022-09-26
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 市三がはいってゆくと、その小座敷にはもう三人来ていた。蝶足の膳を五つ、差向いに並べ、行燈が左右に二つ、火鉢が三つ置いてあった。
 瓦屋の息子の宗吉をまん中に、こっちが石屋の忠太、向うに左官の又次郎が坐っていた。市三はかれらに頷いて、こっち側の奥の席へ坐った。宗吉がいま始めたところだと云い、又次郎が市あにいお先へとじぎをした。忠太はぶすっとした顔で、自分の盃を市三に差そうとし、気がついたのだろう、途中でやめて、こんどは燗徳利を渡そうとした。
「置いとけよ」と宗吉がそれを止めた、「いま持って来るだろう」
「おれたちのしきたりはおかしいよ」と忠太は手酌で飲みながら云った、「盃のやりとりなし、酌のしっこなし、よそで人と飲むときにはまごつくばかりだ」
 女中が酒を持って来た。
「いい修業さ」と宗吉が云った。
「ええ」と女中が宗吉に振向いた。
「おめえじゃねえ」と宗吉が女中に云った、「さっきおやじに断わっておいたが、今日は相談ごとの集まりだから、肴はここにあるだけでいいんだよ」
「はいわかってます」と女中が云った、「お酒のときは手を鳴らして下さい」
 女中が去ると、又次郎は自分の持っている盃を指さして、「よくわからねえんだが」とみんなの顔を見まわしながら云った、「――この酒、どういうことになるんだい、おらあからっけつで来ちゃったぜ」
「珍しいことを聞くもんだ」と忠太が云った、「いつもは胴巻にずっしり持ってるのか」
 又次郎は市三と宗吉の顔を見た。どちらも知らぬそぶりで、忠太の云ったことなど聞きもしなかった、というようにみえた。
「のろがやって来て」と又次郎は呟くように云った、「ここへ早くこいって云うもんだから、おらあこのとおり仕事着のままとんで来ちゃったんだ」
「いいんだったら」と宗吉が手を振った。
「飲めよ」
「心配するな」と忠太が云った、「割前を取ろうたあ云わねえから」
 又次郎は口へもってゆきかけた盃を止め、忠太を見て、おめえの奢りかときいた。
「気になるのか」と忠太が反問した。
「ならなくってよ」と又次郎がやり返した、「おらあ、昔っからいつもぴいぴいだった、いまでもぴいぴいだ、けれども集まって飲むときに、割前を出さなかったこたあいちどもなかった筈だぜ」
「もう始めるのか」と宗吉が遮った、「おめえたち二人は顔を見るなりいつもそれだ、よく飽きねえもんだな」
 市三は天床を見あげたり、壁を眺めたりしながら、黙ってゆっくりと酒を啜っていた。それはまるで、その小座敷にいるのは自分ひとりだ、とでもいうふうにみえた。
「なんだかおちつかねえなあ」と又次郎は膝で貧乏ゆすりをしながら云った、「いま宗ちゃんは相談ごとの集まりだって云った、おれんところへ来たのろは、死んだお光ぼうのことで話があるって云ってたぜ、いってえどういうことなんだい、これは」
「お光ぼうの死んだわけがわかった…

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