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寒橋
さむはし
作品ID57612
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」 新潮社
1983(昭和58)年4月25日
初出「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年2月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2020-01-29 / 2019-12-27
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。
「――まあいやだ、いやあねえ」
 独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持で、こくめいに眺めまわす。全般的に見て、いやな言葉だけれども、膏がのってきている。皮膚が透けるようなぐあいで、なにかの花びらのように柔らかくしっとりと湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである。
 或る気分としては眼をそらしたい。良人というものをもって半年あまりになるが、そのあいだに自分の躯にあらわれた変化は、これには自分としても衒れて、頬の熱くなることがしばしばあった。
 ――いやあねえ。
 こう思うのはそのままの実感である。胸乳のたっぷりした重さ、腰まわりのいっぱいな緊張感、痛いほど張った太腿。そのくせ胴は細く緊って、手足も先端にゆくほどすんなりと細い。その膏の乗って肥えた部分と、反対に細く緊った部分との対比が、娘時代とはあきらかに違ったもので、つい頬が熱くなり、眼をそらしたくなるが、じっさいは胸がどきどきし、唆られるようなふしぎな気持で、いつまでも眺め飽かないのであった。
「――ふしぎだわ、女の躯って、……どうしてかしら、ほんとにいやだわ」
 いやだと云いながら、しかも一方では、いくら眺めても眺め飽きないのである。
「――なにをしているんだ、またそんな恰好で、肌をいれたらどうだ、風邪をひくじゃないか」
 父親に叱られて、はっとして、そのくせ自分でもわざとらしいほどおちついたすましようで、ゆっくりと着物の袖へ手を入れる。毎々のことだがこれもじつは恥ずかしい。母親がはやく亡くなったせいだろう、まえには父親のほうで気にして、髪結いにゆけとか、白粉の刷きかたがぞんざいだとかよく云われたものだ。
 ――母親がいないと娘はじじむさくなるって、世間ですぐに云われるんだから、……いっそ白粉をつけないならつけない、つけるなら娘らしくちゃんとつけるがいい。
 ――今日はこれでいいのよ、今日は白粉ののりが悪いんだもの……それに天気がこんなでくさくさしているのよ、こんな、……白粉なんかどっちでもいいわ。
 ――それじゃあ済まないんだ、女の髪化粧というものは世の中の飾りといってもいいくらいで、うす汚ない饐えたような裏店でも、きれいに髪化粧をした女がとおれば眼のたのしみになる、……いっときその饐えたような裏店が華やいでみえる、……つまり春になって花が咲くように、世の中の飾りの一つになるんだ、……化粧をするんならそのくらいの気持でするがいい、おまえのは自分本位で、そういう気持はなおさなければいけない。
 この種の問答が幾たびかあった。
 ――まあいやだ、世間の飾りだとか人の眼をたのしませるなんて、あたし聞くだけでも胸がむかむかするわ。
 お孝は[#挿絵]のないところこう思…

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