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嫁取り二代記
よめとりにだいき
作品ID57656
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」 新潮社
1983(昭和58)年6月25日
初出「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1937(昭和12)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-10-16 / 2022-09-26
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「伯父上お早うござる」
 自慢の盆栽の手入れをしていた牧屋勘兵衛はそう声をかけられて振返った。
「良いお日和でございますな」
 調子のいい愛想笑いをしながら、甥の直次郎がこっちへやってくる。勘兵衛は眼鏡越しにじろりと睨んで、
「――えへん」
 と威の空咳をした。機嫌執りをしてもその手は喰わぬと云う意味である、ところが相手はいっこう感じない様子で、
「やあ驚いた、あの枝はもう咲きますな、さすがにお手入れが良いだけあって、この臘梅はいつも半月早い、――庭木では誰にもひけを取らぬと云う瀬沼老が、この臘梅には音をあげていましたよ。いや実に見事だ」
「えへん、えへん」
 瀬沼庄右衛門は藩の徒士目付で、勘兵衛とは盆栽の自慢敵である、――勘兵衛危くつり込まれそうになって慌てて空咳にまぎらした。直次郎は方面を変える。
「おやおや、しばらく拝見せぬ内にだいぶ鉢が殖えましたな、あれは何でござるか」
「――――」
「葉の色と云い枝振りと云い、実に風雅なものだが、はてな、――芙蓉かな」
 勘兵衛は、ついに堪らなくなって、
「こいつ、でたらめをっ」
 と振返った、「正月の十日に芙蓉が葉を出すか、考えてみい」
「すると葉牡丹ですか」
「貴様……この、――」
 と眼鏡を掴みとったが、恐ろしく太い鼻息を洩らすと、吐出すように呶鳴った。
「石斛じゃ、石斛というんじゃ、よく見ろこれを、――芙蓉や葉牡丹などとは茎も葉もまるで違うわ、違い過ぎるわ馬鹿馬鹿しい」
「こっちは何ですか」
 けろりとしている。
「――知らん」
「はて何だろう、――こうっと、ああ分った、これは御自慢の真柏です、今度は当りましたろう」
「それがどうした」
「してみると拙者にも植木の一つや二つは、満更分らぬ事もないと云う訳ですな、はっはっは、――時に、真柏で思い出しましたが、瀬沼老ひどく口惜しがっていましたよ伯父上」
「――何を?……」
「残念だが牧屋には敵わぬ、わしも真柏では苦心をしたが、とても牧屋ほど立派な花は咲かされぬと」
「馬鹿野郎!」
 勘兵衛は喚いた、「誰がどう苦心をしようと真柏に花が咲くか」
「そ、それは不思議……」
「貴様の方がよっぽど不思議だ。これ、――こっちへ向いてみろ!」
 勘兵衛は眼鏡をかけて、甥の顔を穴の明くほど瞶めていたが、
「貴様、また何か強請るつもりだな」
 と云うのを隙さず、
「伯父上、助けてやってください」
 とすばらしい気合で切込んだ、「実に気の毒な身上の者なんです、生れ落ちるとから両親の顔も知らず、陋巷の塵にまみれて世にありとあらゆる辛酸を嘗め、今また泥沼の底へ沈もうとしているのです、ぜひ」
「駄目だ駄目だ、ならんぞ」
 勘兵衛は大声に遮った、「どうも先刻から変にごまを磨ると思ったら果してこれだ。ならん! もう貴様には騙されん、理由の如何を問わず鐚一文出さぬからそう思え」
「金子を…

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