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だだら団兵衛
だだらだんべえ
作品ID57663
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」 新潮社
1983(昭和58)年6月25日
初出「キング」大日本雄辯會講談社、1932(昭和7)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2023-06-22 / 2023-06-12
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 雨もよいの生温い風が吹いている。
 ここは鈴鹿峠の裏道、俗に三本榧と呼ばれて、巨きな榧の木が三本、のんと立っている峠の八合目近くだ。
 とっぷり暮れた暗い夜道を、足早に登って来る一人の侍がある。六尺たっぷりという身丈に、三尺余る無反の強刀を横へ、急ぎの旅で夜行するらしく、とっとっと三本榧までやって来た。すると――ふいに傍の雑木林の中から、ばらばらと十四五名の荒くれ男がとび出して来て、
「待て待て、侍待て!」
 と行手へ立塞がった。足をとめた侍が、
「何だ」
 と見やると、いずれも刀槍をひらめかした屈強の者ども、素性は云わずと知れている。
「拙者に何か用か」
「古いせりふだが用があるから止めたのよ、ここは鈴鹿の裏抜で、大蛇嶽闇右衛門様のお繩張内だ、峠を越す切手代りに、身ぐるみ脱いで献上しろ!」
 凄味をつけて罵りたてた。
「大蛇嶽とは何者だな」
 侍はべつに驚いたようすもない。
「鈴鹿の裏を抜けるにおれ様の名を知らぬとは迂濶なやつだ、大蛇嶽闇右衛門とは、山城、大和、伊賀、近江きっての山賊様よ!」
「山賊か」
 と侍は頷いて、
「それは困った、拙者いま急用で先を急ぐのだ、幸い金子を二十両持っているが、これをやるから勘弁してくれぬか」
 そう云って懐中から金包を取出した。見た目に似合わぬ侍の素直さに、却って底気味悪く思いながら闇右衛門は声をはげまして、
「ならねえ、網にかかった椋鳥は、尻の毛まで剥くが山賊の定法だ、褌だけはくれてやるから裸になれ、四の五のぬかせば殺して取るばかりよ!」
 と喚きたてる。
「それではこうしよう」
 侍は逆う気色もなく云った。
「拙者は藤堂家の臣、たたらたらら団兵衛という者だが、主君の急用にて京へ行く途中なのだ、今ここで衣服大小を取られては使者の役に立つことができなくなる。そこで相談だが、どうだろう、拙者がお役目を果すまでこの衣服大小を貸してくれぬか?」
 云われて大蛇嶽がいささか面喰った。
「貸せばどうする?」
「帰りに立寄って、これをきさまに返上する!」
「その衣服大小みんなか?」
「みんなやる、武士に二言はない、京都へ行って来るまで貸してくれ!」
「面白い!」
 闇右衛門はからからと笑った。
「おれも山賊稼ぎを長くはやらぬが、こんな相談は初めてだ、貸してくれという言葉が気に入った、いかにも帰るまで貸そう!」
「かたじけない、では頼むぞ」
 そう云うと団兵衛は、二十金を大蛇嶽に渡して振向きもせず、峠を登って立去った。後見送って手下のやつが、
「お頭、つまらねえ道楽ですぜ、腰のものだけでも三十や五十の値打はあった」
「うるせえや、おれは侍の口に丁と張ったんだ、どう目が出るかまあ黙って見ていろ」
 手下を叱りつけて闇右衛門は山砦へ。
 一方――団兵衛は道を急いで京へ上り、主君の使を無事に果すとその足で、疲れを休める暇も惜んで立戻…

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