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溜息の部屋
ためいきのへや
作品ID57669
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」 新潮社
1983(昭和58)年6月25日
初出「アサヒグラフ」 1933(昭和8)年4月12日号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-09-24 / 2022-08-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今でもその室の壁には『溜息の部屋』と彫りつけた文字が遺っている。

 山手の並木街に添った古風な映画館、ブラフ・シネマの楽屋には、そのころ実にさまざまな人間が集まっていた、同時に奇妙なことは、それらの者たちがみな、それぞれに人生の埓の外へはみ出た、一言にして云えば落魄した者ばかりであったことだ。
 主任弁士の沢木七郎は朝から酒びたりで、オセロオの説明に浪花節を入れたり、ファスト・ヴァイオリンを弾いていた安土竜太郎は向う鉢巻でユウモレスクの曲弾をやったりして、気の良い山手の客の度胆をぬいていた。見習弁士の早見俊平は七郎の弟子であったが、彼はしばしば泥酔する師匠のために、沢木七郎そっくりの声色でとりの説明をしなければならなかった、しかしこれらのでたらめな悪戯は、彼らが不真面目であったからではなくて、あまりに多く真面目であろうという欲求をもった結果というべきだった。コントラバスの米山八左衛門にしろ、ピアノの粕壁大五郎にしろ、技師の久良三吉にしろ、また見習の早見俊平にしろ、みんな生活に一つの強い信念をもっている人間で、それゆえにこそ、だんだんと下積みへ落ちていくそれぞれの境涯を、どうしようもないほどはっきりと見なければならぬ苦痛に堪えられなくて、浪花節をうなり曲弾をやらずにはいられないのだ。
 その楽屋は横に長い四坪ばかりの陰気な室だった。ながいこと塗替えをしない壁は、すでに所々に剥落していたし、それを隠すために貼付けた外国映画のポスタアは、いつも端の糊が乾き割れるので、ただ一つ並木街へ面して展いている小さな窓から、吹きこんでくる風に煽られては、ぱさぱさと人知れず音をたてていた。真中に炉を切って、冬になるとこれへ炭火を盛上げ、すっかり綿天鵞絨の磨切れている椅子をまわりへ置いて、みんな無遠慮に炉の上へ足を差出しながら煖をとった。
 見習の早見俊平や、ピアノの粕壁大五郎や、コントラバスの米山八左衛門――彼はでぶの米八と略称されていた――や、さらによりしばしばファスト・ヴァイオリンの安土竜太郎などは、酒に夜を更して下宿へ帰れなくなると椅子をこの炉辺へ並べ、その上に外套を引掛けて朝までごろ寝をしたものである。でぶの米八とひと口に呼ばれている彼八左衛門が、ときによると終夜その椅子の上で眠らず、みじめに溢れ出る涙を抑えかねていたことなどはおそらく椅子の磨切れた綿天鵞絨のクッションの外には知る者もなかろう。
 この灰色の壁に取囲まれた穴倉のような部屋の片隅に、爺さんと呼ばれて、その頃すでに七十に近い老人が、いつも溜息をつきながらしょんぼりと生きていた。長いあいだ芝居の中売や寄席の下足番などをしてきた男で、人の世の隅という隅を見て歩いたはてに、辛うじてみつけ出した最後の片隅がそこだったのだ。爺さんは泥靴で汚れた床を掃き、炭を砕き、湯を沸し、そして隅へ引込んでは居睡をするか、でなけ…

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