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燕(つばくろ)
つばくろ(つばくろ)
作品ID57683
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十九巻 おさん・あすなろう」 新潮社
1982(昭和57)年6月25日
初出「オール読物」文藝春秋新社、1960(昭和35)年10月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2022-11-24 / 2022-10-26
長さの目安約 51 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

若い人たち(一)

 佐藤正之助が手招きをした、「こっちだ、大丈夫だよ、祖父がいるだけだから」
「でも悪いわ」と阿部雪緒が囁いた、「お庭を通りぬけたりして、もしもみつかったらたいへんよ」
「こっちの松林をゆけば裏木戸があるんだ、木戸の外には栗の木が茂っているから、そこなら誰にもみつからずに話ができるんだよ」
「だめ、いやよ」雪緒はかぶりを振った、「そんなところで二人っきりで話すなんて、わたくしこわいからいや」
「なにがこわいんだ」
「なんでも」と雪緒は脇へよけた、「あなた今日はどうかしていらっしゃるようよ」
「どうかしていらっしゃるようだ、なんて云わなくっても本当にどうかしてるんだ、あなたのためにね、阿部雪緒さん」
「そういうお口ぶり嫌いよ、わたくし、――もうゆかなければへんに思われますわ」
「いらっしゃい、どうぞ」と佐藤正之助は一揖した、「力ずくで止めたりはしませんから」
「怒ったふりをなさるのね」
「いらっしゃいと云ってるんです」
「怒ったふりをなさってるのよ」
「どうぞと云ってるだけですよ、みんなのことが心配なんでしょう」
「ねえ、――あとで」と雪緒が囁くように云った、「その栗の木の林がどこにあるか教えて」
「いっしょに来ればわかるよ」
「いまはだめって申上げているでしょ、畑中の早苗さまが待っているのよ」
「兄の采女もいっしょにか」
「ばか仰しゃい」と云って雪緒は急に口へ手を当て、それからすばやく囁いた、「お縁側へどなたか出ていらしったわ、あの方がおじいさまですの」
「そうじゃない」佐藤正之助は伸びあがって、広庭の向うにある母屋を見た、「あれは祖父じゃあない、私の知らない人だ」
「まいりましょう、みつかると困りますわ」

主人と客(一)

 梶本枯泉は広縁に立って、庭の西端の松林と、その向うにひろがる湖の青い水面と、湖を越した対岸の遠い山なみを眺めながら、幾たびも胸をひろげて深い呼吸をした。
「いいな、昔のとおりだ」と梶本は云った、「松林が高くなったくらいかな、いや、湖水へおりる道がもっとこっちにあったようだな」
「道は十年ほどまえに移した」と座敷の中から佐藤又左衛門が云った、「道の幅だけ松林に隙間があって、向うの山が見えすぎるんだ、若いじぶんはいい眺めだと思ったがね、年をとってからはそれがうるさくなったよ」
「道はもっとこっちにあった」梶本は独りごとのように、うっとりと云った、「ここで裸になって、あの道をまっすぐに駆けおりて、泳ぎにいったものだ、そう」と彼は心の中で数を読んだ、「ちょうど五十年になるな」
「五十年にはならぬさ」
「いや、そうなるんだ、私は絵師になろうと決心して家をとびだした、あれが二十の年の春だからね、まる五十年になるよ」
 又左衛門は喉で笑った、「梶本の強情にはかなわなかったが、家をとびだしたのは本当に絵師になるためだったのか」
「…

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