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泥棒と若殿
どろぼうとわかとの
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」 新潮社
1983(昭和58)年4月25日
初出「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2020-04-24 / 2020-03-28
長さの目安約 42 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 その物音は初め広縁のあたりから聞えた。縁側の板がぎしっとかなり高く鳴ったのである、成信は本能的に枕許の刀へ手をのばした、しかし指が鞘に触れると、いまさらなんだという気持になって手をひっこめた。
 ――もうたくさんだ、どうにでも好きなようにするがいい、飽き飽きした。
 こう思いながら、仰向きに寝たまま腹の上で手を組み合せた。右がわの壁に切ってある高窓の戸の隙間から、月の光が青白い細布を曳いたように三条ながれこんでいる。ついさっきまで夜具の裾のほうにあったのが、今はずっと短かくなって、破れ畳の中ほどまでを染めているにすぎない、するともう三時ころなのだなと思った。
 物音は広縁からとのいの間へはいった。ひどく用心ぶかい足つきである。床板の落ちているところが多いから、そこでもときおりぎしっぎしっと軋むが、そのたびに物音はぴたりと止って、暫らくは息をひそめているようすだった。そのうちにあまり用心しすぎたせいだろう、畳の破れめにでも躓ずいたらしく、どさどさとよろけざま、なにかを踏みぬく激しい音が聞えた。
 ――切炉へ踏みこんだな。
 成信はこう思ってついにやにやした。うろたえた相手の顔が見えるようである。へまな人間をよこしたものだと、苦笑いをもらしたとき、そっちでぶつぶつ呟やくのが聞えた。
「おう痛え、擦り剥いちまった、ちきしょう、なんてえ家だ、どこもかしこもぎしぎし鳴りあがって、こんな陥し穴みてえなものまで有りあがって、――へっ、おまけにすっからかんで、どこになにがあるかわかりあしねえ、ちきしょう、まるで化物屋敷だ」
 擦り剥いたところを縛るのだろう。手拭かなにか裂く音がした。こんどは人がいないものと信じたか、独りでしきりにぐちや不平をこぼしながら、暫らくそこらをごそごそやっていた。それからやがて襖をあけ、この寝所へとはいって来た。
 ずんぐりと小柄の男だった。短かい半纏のようなものを着て、股引をはき、素足で、頬かぶりをしていた。もちろん武士ではないし、刺客などというものとも類の違う人間だ。
 ――とするとこれは、ことによると盗人というやつかもしれぬ。
 そう思うと可笑くなって、成信はついくすくす笑いだした。相手はぎょっとしたらしい。こっちへふり返り、眼をすぼめて、そこに敷いてある夜具を眺め、その中に人間の寝ているのを見た。それからとつぜん「ひょう」というような奇声をあげてとびのいた。
「だ、誰だ、――なんだ」
 男はこう叫びながら、及び腰になってこちらを覗いた。成信は黙っていた、仰向けに寝たまま身動きもしない、――男は迷って、逃げようかどうしようかと考え、そのあげくやっと決心したのだろう、やおら片手の出刃庖丁を持ちなおし、それを前方へつき出してどなった。
「やい起きろ、金を出せ、起きて来い野郎」
「――――」
「金を出せってんだ、おとなしく有り金を出しあよし…

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