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はたし状
はたしじょう
作品ID57703
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十三巻 雨あがる・竹柏記」 新潮社
1983(昭和58)年11月25日
初出「週刊朝日 新年増刊」朝日新聞社、1951(昭和26)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2020-10-30 / 2020-10-01
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 今泉第二は藩主の参覲の供に加わって、初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのであるが、母はさも意外なことのように、こちらの顔をまじまじ眺めながら、すぐには返辞ができないというふうだった。
「いけないでしょうか、私は、母上はもう御承知だと思っていたんですが」
「とんでもない、母さんはまるで知りませんよ、却ってその反対だと思っていたくらいです、だってあなたは小さいじぶんから和田へ入り浸りで、あちらの子たちとはずっときょうだいのようにしておいでだったでしょう」
「だから察して下すっていると思ったんですがね」
「普通はそれとは逆なものですよ」
 嫁に欲しい娘のいる家などへは、一般に男はそう頻繁には出入りしない。それまでごく親密だったとしても、そういう気持が起こればしぜんとゆきしぶるようになるのが通例である。母はそんなふうに観念的な意見を述べた。……そのとき第二の頭にふと藤島英之助の名がうかび、そういえば彼はこのごろあまり和田へ顔をみせないがどうしたのか、などと思った。それは母の言葉から受けた反射的な連想だったろう、きわめて漠然とそう思っただけであるが、あとで考えると、母の意見にも、彼が藤島を思いだしたことにも――どちらも無意識ではあったが――決して偶然でない意味があったわけである。
 父には母から話して貰った。父は渋い顔をしたそうである。ほかに縁談もあったらしい。また和田軍兵衛は母の兄で、しのと第二とは従兄妹に当る関係から、血が重なりすぎるとも云ったが、結局、それほど熱心なら、と折れて呉れたということであった。
 和田へも母がいった。江戸へ立つ日が迫っているので、正式の儀礼はあとのことにし、内輪で話だけ定めようということだった。もちろん和田に異存はなく、出立する二日まえに内祝の盃を交わした。第二は藤島英之助と八木千久馬を呼びたかった。しかし二人だけ特に招くというのは穏当でない。父も母もそう反対し、両家の親たちだけ列席して、ほんのかたちだけの盃をした。……そのときのしのは美しかった。縹緻や姿は妹のみよのほうがたちまさっている、姉のしのは背丈も低いほうだし、胸や腰のあたりも細く、顔つきなどにどこかしら育ちきらないような感じがあった。けれどもその日は髪かたちや化粧のせいだろうか、――もちろん正装ではなかったが、――それとも婚約の盃をするという気持の張りのためか、いつもの子供っぽさはなく、表情や身振りなど、ちょっと嬌めかしいくらい冴えた美しさにあふれていた。
「今日のしのさんは見違えるようね」
 母にもそう見えたのだろう、席を変えるとすぐに、しのを前後から眺めてそう云った。
「ほんとにお美しいわ、ふだん肌理のこまかい肌をしていらっしゃるのね」
「なにしろ身じまいということをしないのですから」
 母親の加世…

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