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初蕾
はつつぼみ
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十巻 晩秋・野分」 新潮社
1983(昭和58)年8月25日
初出「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年1月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2021-02-14 / 2021-01-27
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「花はさかりまでという、知っているだろう」
「…………」
「美しいものは、美しいさかりを過ぎると忘れられてしまう、人間いつまで若くていられるものじゃない、おまえだってもう十八だろう、ふじむら小町などと云われるのも、もう半年か一年のことだ、惜しまれるうちに身の始末をするのが本当じゃあないか」
「それはわかってますけれど」
 お民は客の盃に酌をしながら、ふと考えるような眼つきになった。
「身の始末をするにしたって、ゆきさきのことを考えますからね」
「私の世話じゃあ不安心だと云うのかえ」
「貴方と限ったことじゃあないんです、これまで貴方には誰よりも我儘を云わせて頂けたし、いちばん気ごころもわかって下さるから、お世話になるとすれば他にはありません。でも、そういう身の上の人をなんにんも知っていますけれど、たいていが末遂げないものですからね」
「この場合はそれとは違うじゃないか」
 喜右衛門は盃をおき煙草を取った。
「私のは、いろけは二の次にしての話だ、田河屋を買う金も、私がたて替えるというかたちにして、あがって来る物から年割りで返して貰ってもいい、私としては気楽に我儘の云える家、のんびりと手足を伸ばして寛ろげる場所、そういうことだけでも満足なんだよ」
「それもよくわかるんですけれど、でもそれではもし……」
 お民はじっと客の眼を見まもった。
「もしあたしに思う人があるとしたら、それでも構わないと仰しゃいますか」
「おまえに思う人だって」
「もし仮にそんな人がいて、時どき逢ったりなんかするとしたら、幾ら貴方だってああそうかで済みはなさらないでしょう」
 客はお民の眼をしずかに見返した。それはなにか意味をかよわせるような視線だった、お民はわれ知らず眼を伏せた。
「私が身の始末をしろと云うのはそれなんだ、好いた好かれたとかいうことは花の散らないうちの話で、添い遂げられる縁ならいいが、さもなければやがて悲しい別れをするか人にうしろ指をさされるようなことになりやすい、そんなことにしたくないから相談をするんだ、世間を知らないわけじゃあないだろう、よく考えてみて、気持がきまったら返辞を聞かせておくれ、また二三日うちに来るからな」
 お民はなにも云えずに眼を伏せていた。この人は知っているのかもしれない、ふとそういう気がしたからである。もしそうなら、梶井さまの親御たちと話しあいのうえで、こんな相談をもちかけたのではないだろうか、半之助さまと自分との仲をさくために……そう考えると、それがもう紛れのない事実のように思え、お民はひそかにせせら笑いたい気持になった。
「どうせ泣くように生れついたんだ」
 お民は客を送りだして、あと片付けに戻ったまま、小窓に倚って、自嘲するようにこう呟いた。
「花がさかりまでのものなら、散るまで好きなように生きるだけさ、初めからそういう積りなんだもの、どう…

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