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無頼は討たず
ぶらいはうたず
作品ID57725
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十八巻 須磨寺附近・城中の霜」 新潮社
1983(昭和58)年6月25日
初出「キング」大日本雄弁會講談社 、1936(昭和11)年3月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-02-04 / 2022-01-29
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 浅黄色にくっきり晴れた空だ。
 春の遅い甲州路も三月という日足は争われず、堤には虎杖が逞しく芽をぬき、農家の裏畑、丘つづきには桃の朱と麦の青が眼に鮮やかだ。笹子川の白い河原を低くかすめ飛ぶ鶺鴒の声も長閑である――。
 大月の宿を出た街道は半里ほどすると爪先あがりに笹子峠へ一本道、右に清冽な流れをみながら行くこと三十町で初狩村へ入る、峠にかかる宿のことで茶店が三四軒、名物の力餅や笹子飴を売っている。
「爺さん、良いお日和だの」
「おや、是は珍しい。さあお掛けなさって」
「御免なさいよ」
 繭買商人と見える男が、一軒の茶店へずいと入る、主人の老爺は茶を汲みながら、
「毎年八幡屋さんの顔が見えると、もうこれで春もきまったかと思うだが、今年は少し早いようだのう」
「今年はどうやら相場が上値を叩きそうだから、混まぬうちに敷打(養蚕家へ手金を打つこと)をすべえと思ってね、十日ばか早くやって来たのさ……ときに爺さん」
 男は声をひそめて、「向うの茶店へだいぶ親分衆の顔が見えているが、何かあったのかね」
「その事でごいすよ」
 老爺は茶をすすめながら、「おめえ様も知ってござるべえ、韮崎の貸元で佐貫屋庄兵衛という親分さんがいなすった」
「えらく人徳のある人だそうだね」
「それがおまえ様、先月の七日に人手にかかって殺されなすっただ」
「へえ――そいつは初耳だ」
 韮崎の佐貫屋庄兵衛と云えば、近在二郡の繩張を持つ立派な貸元であった。
 庄兵衛は気風も良し金も切れ、おまけに徳性で子分の面倒をよく見てやったから、百人あまりの身内も出来て押しも押されぬ顔役になっていたが、早くから、
「やくざはおれ一代きりだ」
 と云って、一人息子の半太郎は十五の年に江戸の太物問屋へ奉公に出してしまった。
 この庄兵衛と、盃を飲み分けた弟分で、「鼻猪之」と云われる博奕打がいた。猪之助という名だが鼻が大きいので、鼻猪之――ひどく気の荒い本性からの無頼気質であったが、お信という娘が一人ある。これが親に似ぬ縹緻よしのうえに気性も優しい出来者で、猪之助はこれを庄兵衛のところの半太郎と末は夫婦にしようと考えてもいたし、また庄兵衛とも話のひまには軽い口約束をしてあった。――ところが庄兵衛の方では半太郎が十五になるとぽんと、江戸の太物問屋へ奉公にやってしまった。
「――冗談じゃねえ」
 猪之助はひどく気色を悪くした、「佐貫屋の大事な跡目をどうなさるんだ、あっしゃあお信を商人の嫁にする積りはありませんぜ」
「そうかい、おらあまたやくざはおれ一代と定めたんだ、堅気が厭なら諦めて貰おう」
 と庄兵衛の方はあっさりしていた。
 骨の髄までやくざの水に染った猪之助、この挨拶がぐっと来たらしい、それからは佐貫屋へ出入りもせず、類を以て集るあぶれ者を身内に殖やして事毎に庄兵衛へ楯をつき、あげくの果には、
「やくざの繩張は腕…

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