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評釈勘忍記
ひょうしゃくかんにんき
作品ID57731
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十巻 晩秋・野分」 新潮社
1983(昭和58)年8月25日
初出「新読物」公友社、1947(昭和22)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2022-04-12 / 2022-03-27
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 駒田紋太夫は癇癖の強い理屈好きな老人であるが、酒がはいってるときはものわかりのよい人情家になる。そのときも程よく酔っていた。そのうえ多年の念願だった隠居の許しが下って、数日うちに城北いなり山の別宅に夫婦だけで移ることになり、すでに荷物も送り出したという状態で、甥の庄司千蔵にとっては又とない面会の好機だった。もちろん初めは渋い顔をみせられた。江戸邸から精しい手紙が来ていたとみえて、拳固一つくらいの事まで「なんたる態たらくだ」などとどなられた。千蔵のほうでは覚悟のまえであった。どうせ褒められようとは思っていない、小さいじぶんこの伯父さんが江戸に来るたんびに、癇癪を起こすのが面白くってよく悪戯をした。父と酒を飲んでいるとき、汁椀の中へ蜻蛉を入れたり、敷いてある寝床の中へ飛蝗を二十も突込んで置いたり、帰り際に刀を隠したりした。最も面白かったのは、厠へはいっているとき窓から西瓜を投げ入れたのと、酔って寝ている枕許へ半[#挿絵]を置いて、起きると水をかぶるような仕掛けを拵えたときだ、甲のばあいは夜の厠で蹲んでいる頭へ西瓜が落ちたらしい、ごつんという音といっしょに「ひょう」というような奇声が聞えた。乙のときも予期以上に仕掛けがうまく利いて、起上るとたんにざっぷりと水をかぶったが、逆上したのだろういきなり刀を抜いて、無礼者と叫びながら転げている半[#挿絵]を斬ったのには驚いた。「こいつは碌な者にはならん」とその頃から目の敵にされていたので、ぎゅっという目に遭うだろうくらいは暗算して来たのである。ところが小言は割かた軽く済んで、五年ばかり見ないうちにすっかり肥って酒光りの出た赭ら顔も、どうやら隠居らしい温厚なおちつきが表われている。千蔵つい嬉しくなって、世間の親爺という親爺をみんな隠居させたらさぞ安楽だろうと思ったくらいである。
「然しどうしておまえはこう喧嘩ばかりするんだ」紋太夫の調子はぐっと親愛の調子を帯びてきた、「若いうちは有りがちだといっても、おまえのは願を掛けたようじゃないか、就中この仁宅多二郎を殴ったという訳がわからん、仁宅はこっちにいるじぶんおれの役所で使っていたが、ごく温厚で篤実な人間だった、決して喧嘩や口論をするような性質ではない、どういう理屈であれを殴ったんだ」
「――あいつあふざけた糸瓜ですよ」千蔵はぐいと唇をへし曲げた、「晩飯を食わせるから来いというんでいったんです、ふところ都合も余りよくはねえだろうと思ってこっちは頑てきに角樽を持たせていったくらいなんです、ところがあの蒟蒻玉は」
「ちょっと待て千蔵、――おまえ酔っているのか」
「いいえとんでもない素面ですよ」こちらは証拠を見せるために顔を前方へつきだした、それから景気よく話を続けた、「ところがあの蒟蒻玉は床間に木偶を飾っているんです、然もそれが女の木偶なんです、私はむらむらときたけれどもいち…

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