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兵法者
へいほうしゃ
作品ID57735
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第十九巻 蕭々十三年・水戸梅譜」 新潮社
1983(昭和58)年10月25日
初出「新武道」1944(昭和19)年7月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2025-02-28 / 2025-02-19
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 寛文という年代のなかごろ、或る年の冬の夜のことだった。常陸のくに水戸の城中とのいの間で、当番のさむらいたち数名の者が火桶をかこんで話し更かしていた、とのい部屋は御しゅくんの寝所に接しているので、火桶をいれたり話をしたりすることは禁じられるのが通例である。水戸でも頼房の代にはそうだったが、光圀が世を継ぐと間もなく、――とのい番というものは非常の備えだからいざというとき手足が冷え屈んでいては役に立たぬ、火も置き湯茶も啜りいくさ物語などもして身躰のびやかに詰めさせるがよい、そういうことではじめて許されるようになったのである。その夜のはなしは、武田晴信と上杉輝虎との優劣の論が中心だった、川中島に戦うこと十余年にわたって、しかも決定的な勝敗をみずに終った両者の器量、軍配の比、治民の法など、どちらにも一長一短ありで論はなかなか尽きなかった、するとその座にいた兵法者なにがしという者が、とつぜん押しかぶせるような調子で口を[#挿絵]んだ、「三木どのの論をはじめたいがい甲陽軍鑑を元にしておるようだが、あれは虚妄の書で信ずるに足らぬ、士人の読むべきものではないとさえ申すくらいだ、そのような書をもとにしての論はむやくなことであろう……」くちぶりがあまりぶ遠慮だったので三木幾之丞はむっとした、「甲陽軍鑑が武田の旧臣によって書かれたものであり、したがって武田氏に依怙の部分があるということは聞いている、これは旧主従のよしみとしてありがちのことで、われらが御しゅくんの年記を編むとするも必ず避けられることではないであろう、しかし虚妄にして信ずべからずという説はいまはじめて耳にする、そう云うからにはなにか根拠があってのことと思うが、どういうわけで信ずべからずと断言するのか」「すでに軍鑑が武田の旧臣の撰に成り、依怙の条が多いとわかっているなら、虚妄と申した根拠のせんさくには及ばぬであろう」と兵法者なにがしは冷やかに答えた、「……ただそれがしはさような信じがたき書をとりあげて、いかにあげつらってみても、げんざい御奉公の性根のかためには役だつまいと申すのだ」あきらかに言葉はかれの好むほうへと曲げられた。幾之丞は若いので早くも額を白くしたが、なにがしはそれを無視してつづけた、「新参者のそれがしにはよくわからないが、ご家中にはお上のがくもん御奨励をはき違えて書を読む風はさかんだが、武芸に出精するものは案外すくないようだ、これでは武士として万一のとき心もとなく思われるがどうであろうか」まるで挑みかかるような口調である。捨てておくと口論になると思ったので、年嵩のひとりが「武芸といえばお上のお相手に出たとき……」とさりげなく話題をほかへと変えてしまった。
 兵法者なにがしは光圀にみいだされて召抱えられた新参である。刀法の達者としてみいだされ、お気にいりのようすでつねづね側近に仕え、新参には例のないと…

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