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めおと蝶
めおとちょう
作品ID57756
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「山本周五郎全集第二十二巻 契りきぬ・落ち梅記」 新潮社
1983(昭和58)年4月25日
初出「講談倶楽部 春の臨時増刊号」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者北川松生
公開 / 更新2020-12-29 / 2020-11-27
長さの目安約 49 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「ただいやだなんて、そんな子供のようなことを云ってどうなさるの、あなた来年はもう二十一になるのでしょう」
「幾つでもようございますわ、いやなものはいやなんですもの」
 こう云って文代はすました顔で菓子を摘んだ。小さい頃から、「あたしのお鼻はてんじょうを向いているのよ」と自慢していた鼻が、そんなふうにすますと正しく反ってみえ、子供っぽい愛嬌が出るので面白い。信乃はつい笑いそうになりながら、茶を注いでやった。
「いったいその武井という方のどこがお気にいらないの、御家族も少ないというし、御身分のつりあいもいいし、申し分はなさそうじゃないの」
「ですから申上げたでしょう、その方には不足はないんですのよ、ただいやなんです、本当はわたくし結婚するということがいやなんです」
「まだそんな詰らないことを云って、だってあなた、女はどうしたって、いつかは家を出なければならないものなのよ」
「ええわかっていますわ、でも結婚しなくってもお家を出ることはできるでしょう、尼さんになってもいいし、なにか芸事を教えて独りで暮してもいいし……わたくしだってそのくらいのことは考えていますわ」
 文代の言葉つきにはいつもとは違って、なにか思いつめたような響きがあった。信乃はちょっと驚いて妹の顔を見た。
「あなたそれはまじめに仰しゃってるの、文代さん」
「まじめですとも、わたくしもうずっとまえからそう思っていたんです」
 子供っぽくすましていた文代の顔が、そのとき紐を緊めるように硬くなった。
「藤田の弓江さまはもう二人もお子があるし、ほかのお友達もたいてい婿を取ったりお嫁にいっていますわ、その方たちのお暮しぶりをみていて、わたくしつくづく結婚というものがいやになったんですの、……もっと直接にいえばお姉さまよ、お姉さまだってこの上村へいらしって五年になり、甲之助さんというお子もあって、よそ眼には平穏無事にみえるかもしれないけれど、決しておしあわせでないということは文代にはよくわかっていますわ」
「まあ、あなたなにを云うの」信乃はびっくりして遮った、「――そんな乱暴なことを云いだしたりして、もし人に聞かれでもしたらどうなるの」
「ではお姉さまはおしあわせですの」文代はしんけんな眼でみつめる、「結婚して五年も経つのに、お二人のようすはまるで他人のようじゃございませんか、お義兄さまはあの石仏のような冷たいお顔で、なにもかも気にいらないという眼つきで、はかばかしくは口もおききにならない、お姉さまはただもう遠慮して、ごきげんを損ねないようにと絶えず気を張っていらっしゃる、こんなふうでいて、それでもお姉さまはおしあわせだと仰しゃいますの」
「もうそれでおやめなさい、いいえたくさん、おやめにならないと怒ってよ」
 信乃は強くこう云った。じっさい怒りそうな顔つきであったが、その美しく澄んだ眼には狼狽の色があら…

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